愛慕3
「恋…は、したことがないので分からぬ。
…だが、お前のことが誰よりも好きで大切で、愛しいのは分かる。お前の気持ちを聞き、さらにそう思ったのも、今ならはっきり言える。俺は、嫉妬までした…あの彼女に」
「旦那…」
本気で、死んだんじゃないだろうか。──縁起でもないことを考えてしまうのも、少しは許して欲しい。
それほどに、佐助が受けた衝撃は大きかった。
(何で、こんなときに…)
ここは、目の前の愛する人を思い切り抱き締めて良いくらいの雰囲気であるのに。
佐助は、頭に浮かんだ顔へ、自身のものを歪ませた。
「旦那、本当に?」
「え?」
「そう思えるのは、…俺様だけ?」
「………」
幸村は少し目を開くと、
「政宗殿は…」
「政宗のことは分かってるよ。親ちゃんと就ちゃんを大事に思ってるのも。皆が特別で、その中でも俺様をまた違う『特別』に感じてくれてることも。…でも、さ」
「佐助…」
少しずつ表情に陰が落ちる幸村に、佐助は苦笑し、
「旦那のこと大好きだからさ。…分かっちゃうんだよねぇ、どうしても」
「…俺は、自分のことなのに何も分からなかった。佐助に言われてやっと、かけがえのないものに気付けた有り様であるし。──『味方だ』と言ったくせに、いざ自分から離れていくのかと思うと、…」
幸村は胸の辺りを軽く掴んだが、言葉を詰まらせていたのはごく短い間で、
「本当に甘えた奴だ、俺は。昨晩反省した。…心から大事に想える相手ならば、その幸せを第一に考えるはずであるのに」
と、先ほどの佐助と同じような、苦い笑顔を見せる。
「………」
佐助は、何か言おうとしてやめたが、幸村にその機微を見抜かれることはなかった。
「旦那の大事なものは俺様も守る、って言ったよな。それ、もちろん変わってないし、これからも変わらない。だけど、」
そして、これまでになく真剣な顔と瞳で、
「その中で、俺様は今よりもっと『特別』になる──絶対に。旦那が、奥底で寂しさなんて感じないくらい。…もしかすると、旦那から大事なものを奪う意味になっちゃうのかも知れないけど」
それほどまでに、自分に向かせる。…そのくらいの覚悟で。
「これ以上の『特別』など…想像がつかぬな」
佐助の壮絶な熱に圧され、幸村はそう返すだけで精一杯だった。
「そのときにこそ、俺様に旦那を頂戴。全部…旦那が持ってる大事なもの。旦那の全てを」
(俺は、もう全部捧げてるから)
「佐助…」
「──あ、変な意味じゃないよ?」
「え?」
「…いや、気にしないで」
佐助は笑って、
「なぁ、気付いてた?チャイム鳴ったの」
「あ、あぁ…」
幸村も、控えめだが吹き出し、「もう良い…と」
「旦那も、俺様たちのせいで大分悪くなっちゃったよねぇー」
「…本当にな」
溜め息をつくが、顔は相変わらずの幸村。
佐助の笑みは、否が応でも増していく。
(…旦那……やっぱり俺様、すっげぇ幸せだよ…)
今日もらった言葉と気持ちは、一生ものにしよう。
胸に大切にしまってから、佐助は幸村を促し、次のチャイムまで安全に過ごせる場所へと案内した。
あれから、定期試験が迫り来る中でも、真田兄妹は武田家に寄って帰るのを欠かさなかった。
夕飯をそのままごちそうになったり、たまに佐助たち友人も同行したりなど…向こうも賑やかさを歓迎してくれたので、幸村も笑みが絶えない。
──だが、未だに慣れないことが、あの日から続いていた。
(あ…)
マンションの下の郵便ポストを覗き、幸村は顔を赤らめた。
取り出したるは、切手が貼られていない一通の封筒。
差出人は、
(またもや、『美紅殿』から…)
あのバレンタインの後、何度か机の中に入れられ、今では、このポストへ届くように。
手紙自体は短いものだが、本当に恥ずかしくなるくらいの称賛だったり、愛のメッセージだったりするので、幸村は常にパニック状態である。
そして、必ず写真が一枚入っており、学園祭の女装のものなのだが…
(──む?今日の分は…)
珍しいことに、幸村以外の人物の顔も大きく写っている。
しかも、背景はコンテスト最中のものではない。
いつの間に撮られたのだろう、と面食らうばかりだった。
「幸村様?」
「…あ、いえ!すみませぬ、ぼんやりと」
後ろから、あの若い使用人に声をかけられ、幸村は慌てて手紙を隠す。
外に車を停めてもらっている間、幸村は先にロビーへ入っていた。
武田家からの帰りで、色々賜った荷物が多かったため、手を借りたのだった。
先に降りたかすがは、部屋で三人分のお茶を用意してくれていることだろう。
「お二人とも、試験頑張って下さい」
お茶を飲むとすぐに、彼は腰を上げ、マンションを去った。
たまに夕食の準備までしてくれたりなど、二人とはかなり親しい仲になっている。年齢が若いということもあるのだろうが。
とても生真面目な性格ではあるが、優しく見守るような目で幸村たちと接する。
幸村は、兄がいればこんな感じであろうか…などと、憧れたりもするのだった。
「どことなく似ていないか?」
「あいつより、百倍は上品だがな」
『佐助に少し似ている』という言葉には、かすがも頷いてくれた。
懐かしい気がするのは、もしかしたら『昔』会ったことがある人だから…なのかも知れない。
かすがにも話してはいないが、あの夢では、周りのほとんどの顔を見ることができていた。
彼女とも昔から繋がりがあったのだと思うと、感慨無量の心地である。
早く全てを理解したくはあるが、それだけでもかなりの満足感を得られていた。
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