愛慕2
佐助は、ものの何分も経たぬ内に戻って来て、
「旦那、分かったよ。あのね、礼も挨拶も必要なし」
「何…!?会ったのかっ?」
佐助は「ううん」と苦笑し、
「『美紅』ちゃんなんて子は、一年生にゃいない。…それねぇ、旦那のファンの子たちが使う名前なんだって」
「…はっ?」
「うん、だよね。そんな反応になるのは当然」
今度はクスクス笑い、
「ファンクラブの名前みたいなもん?まーくんのは、天竜蒼衣ちゃん、就ちゃんのは、日向碧ちゃん、ミッチーのは、月影紫苑ちゃん…とかさ。まさか、旦那のまで出来てたとは俺様も知んなかった」
幸村は唖然とすると、
「ファンクラブって…、そんな風に名付けるものなのか?」
「だよねぇ。普段は名前だけ使ってるみたいだけど」
『美紅の会』『碧の集い』などとでも言っているんだろうか?
…幸村の中の不可思議さは、増すばかりだった。
「だから、その中の誰かも分かんない上に個人じゃないかもだし、ファンたちからの義理チョコだったってことで。気にしなくて良さそーよ、お返しもさ」
「む…う…」
「アルバムも、悪気あっての物じゃないだろうから。記念だと思って、もらっときなよ」
「そ、そうか…」と、幸村はモゴモゴ頷き、ホッと息をつく。
「俺様も安心したぁ。これ以上、ライバル増えて欲しくねーもん」
佐助が大げさに言うと、幸村はすかさず赤くなる。
可愛いなぁ、と思いながら目を細め眺めていたが…
「旦那って、本当に優しいよねぇ」
「えっ?」
何の話だ、と幸村は目を丸くする。
「俺様、男なのに。こんな気持ち知っても、全然引かないし。今まで通りに接してくれるし。…ドキドキもしてくれるしさ」
「──…っ」
「嬉しいなぁと思う反面、…少しだけ悪いなぁって。普通だったら、女の子に対して感じたことだったろうに、その純粋さをまんまと利用しちゃったみたいな…」
「佐助、それは違う」
幸村は急いで否定し、
「政宗殿のときに、既に言っただろう。それに、俺とて女子の方に、そう思ったことが全くないわけではない。こ、恋ではないだろうが、かか可愛い、…綺麗だ、と感じ、緊張したことだって何度もあるっ!愛しい、守りたいと──思ったのは、…一人だけだが」
「旦那、それって」
佐助は妬くことすら忘れ、「やっぱ…恋だったんじゃないの?」
「そうでは、」
「や、…てより『愛』だわ。(ホントに当たった…)」
何かに対して感心するよう、佐助は何度も頭を上下する。
言い返そうとしていた幸村だったが、その気がフッと消えた。
「…そうだな。それは、…そうだ。俺に、またそれを教えてくれた…」
彼女からの話を聞いていなければ、どういう意味か分からなかっただろう。…佐助は、微笑む幸村を見つめ続ける。
そんな彼と目が合い、幸村はその名を小さな声で呼ぶと、
「もう分かっておろうがな…俺は喜んでいた──お前は、怒るだろうが。政宗殿に言われたとき、驚いたが引かなかった…それだけではなく、後々になっていくにつれ、喜んだのだ。…お前の気持ちも」
怒りはしないが、佐助は意外な言葉に驚き、目を見開く。
「政宗殿も佐助も女性に人気があり、恋人も多くいた。お前は、好きな人はいなかったと言ったが、決して無関心ではなかったはずだ。他の方とは違う、何かがあったろう。
…そのような二人が、男の俺を。俺に、あのような瞳で──何もかも超えて想ってくれておるのか、と…」
黙ったままの佐助に、「やはり、俺は変なのだろうな」と、幸村は苦笑するのだが、
「変なんかじゃない。…旦那こそ、俺らのことを本当に思ってくれてんだね。すげぇ嬉しいよ…ありがとう」
佐助は照れたように笑い、「けど、俺様調子乗って期待しちゃいそう」
「──…」
幸村は大きな瞳に彼を映し、「…調子に乗っておるのは、俺の方だ」
と、頬を染め緩める。
(ぅわ…)
佐助は、全てのことに感謝していた。
今のこの、二人だけでいられる状況。
その顔を見られ、しかも自分がそうさせたのだということ。
出会え、惹かれ、告げられたこと…
「…俺様も、旦那と同じかも」
「え…?」
「『恋』より『愛』だわ、もうこれ。…旦那が大事、何よりも」
「………」
幸村の目に驚きの色が差すが、表情は一層喜びに包まれる。
「ならば、俺も皆を愛している。…だからなのだな、誰一人として失いたくないのは。自分が、嫌な思いをしなくて済むように」
「うん──知ってたけどね。で、俺様だけじゃなく、他の皆にも旦那の気持ち伝わってるよ。皆も、旦那と同じ…」
「佐助、俺もお前が好きで何より大事だ。ずっと一緒にいたいし、誰より幸せにしたい」
「え、…」
一体どこからが夢だったのだろう、と佐助は思ったのだが、幸村の顔は真剣そのもの。
夢ではなかったが、やはり都合の良いものではなさそうだと、
「う、ん…ありがと。ただ、俺様勘違いしそうになるから、そういうのは」
「冗談などではない」
幸村は表情を変えず、佐助の目をしっかり捉えている。
「いくら俺が変わっているとはいえ、友達以上に思えぬのならば、そのように感じぬのではないか?政宗殿に対しても、もし受け入れればと想像してみたが、何も無理だと思うことはなかった。…彼には、あの繋がりを求めてしまったわけだが。
──お前は、…『特別』なのだ」
(…“特別”…)
一粒落とされた後染み渡るように、佐助の胸へ甘い棘が散っていく。
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