懐旧3







『明日、朝早く来られない?』



昨晩、佐助からメールがあり、今朝は幸村一人で家を出た。

何かあるのか?と返信しても、
『明日のお楽しみ』──としか。

あの日以来、二人きりでいることがなかったので、少し構えてしまう幸村なのだが…


「悪いね〜」

昇降口で待っていた佐助が、言葉通りの態度で幸村を誘導する。

朝練のある部活動以外で来ている生徒はいないので、校舎の中は至って静か。
暖房の付いた特別教室へ入ると、佐助が既に点けておいたようで、暖かかった。


「鍵はどうしたのだ、鍵は」
「まぁまぁ、細かいことは気にしない」
「全く…」

調子良く席へ促す彼を、幸村は軽く睨んだ。(もちろん、本気ではないが)


「はい、旦那!」
「…ん?」

佐助が差し出したのは、両手に乗るくらいの大きさの、ラッピングされた箱。

戸惑う幸村の反応は、間違っていない。
今日は、彼の誕生日でも何でもないのだ。

「何、」
「旦那、今日は何月何日?何の日か、知ってる?」

「え…?」

今日は、二月の十四日。何の日…


「──え、!?」

ようやく分かり、しかし、佐助とチョコレート?佐助は女子ではない。…んん??

と、幸村は軽い混乱に陥る。


「まま、その辺も気にしないで!」
「佐助…?」

「今日は、女の子が好きな相手に贈る日だけど…『女の子が』ってとこ、知らない振りしちゃってよ、ね?」
「………」

『好き』などの言葉や、佐助の意図への理解に、幸村の頬は熱くなった。


「旦那、モテるからねぇ。一番最初に食べてもらいたくてさ〜。開けてみて?」

言われるまま、幸村は気恥ずかしそうに包装を開いていく。

中には、見るからに美味しそうな、多種類のチョコレートが並んでいた。


「うおおお…!美味そうだ!」
「食べて食べてー、早く〜」
「ありがとう、佐助。…では、早速」

一つを口にすると、

「〜〜〜っっ!!」

幸村は、咀嚼しながら、感動の眼差しを向ける。

「その顔は、喜んで良いってことかな」
「それは、こちらだ!美味い!すごいぞ佐助、このチョコ!」

「ホント?良かった。ささ、どんどんやっちゃって?」
「うむ!すまぬ、もう止まれそうにない」

「(…その台詞、ちょっとイイな…)」
「ふっ?」
「いや、何でもないです」


幸村は、ものの数分で平らげ、

「──あ、すまぬ…全部一人で…」

しまった、という顔をした。


佐助は笑って、

「なーに気ィ遣ってんの!旦那に食べて欲しかったんだから」
「いや、本当に美味くて、お前にも…。高かっただろうに、このような」

「でもないよ?原材料、安いもんだし」
「!?作った…のか!?」

「たり前じゃん?店のなんて、どれが一番美味いのか分かんねーし。別に気にしないけど、女の子わんさかいる売り場で、男一人買うのもさぁ」

佐助は、苦い顔に笑いを浮かべる。


「──あれ?ひょっとして、思った以上に、俺様キメられた?」

「──…」

尋ねられた幸村の顔は、見事に染まっていた。


「…俺は弱いのだ、こういう…」

幸村は、空になった箱や包装紙を、指で弄り始める。

視線を伏せるその姿は、佐助の頭と心臓に甚大なダメージをもたらした。


「…サボりたいなー、今日」
「何!?」

慌てる幸村を、佐助は愛しげに見つめ、

「旦那と一緒にー。そしたら、誰も渡せないじゃん、チョコ。俺様のだけになるかなぁって」
「……」


(だから、何故そうサラッと…)


しかし、佐助の想いはもう明らか。…であれば、それも正直な気持ちということか、と考え、一層顔の熱が上がった。

自分への想いを浮かべた瞳で見られると、とにかく落ち着かない。
先日触れられた際に感じた、熱や動悸が増す。

幸村が、ふっと目をそらすと、


「…あ、気ィ付けなきゃ」

と、佐助は自分を戒める。気にしてなさそうでありながら、先日の慶次の言葉はしっかり覚えていた。

「何が?」
「ううん、何でも。…でも、喜んでもらえて良かった」

「なっ、俺の方こそ…!本当に美味くて驚いた!こんなに美味い手作り」
「初めて?」

佐助が、嬉しそうに窺う。


「ああ!──と、言いたいところだが」
「なーんだ」

「しかし、どれも本当に美味く、同じく嬉しい。…初めては、かすがが小学生の頃に──決して言ってくれるなよ?」


『一度、試しにしただけだ!二度とはないからな』

と照れを隠すように、怒った顔で宣言していた彼女を思い返した。


「あー…かすがちゃんにゃ、敵わねーもんなぁ」

佐助が苦笑混じりに言うと、

「しかし、本当に驚いたぞ。店以上の美味さで──そう思うと、お前のが一番か…三つの中で」

「おっ、ホント?」
「佐助は、料理以外も器用なのだな」


(…てより、愛情こもってるからね、たーっぷり)

それが伝わったからこそ、と良いようにとることにし、佐助はニヤつく。


「まぁ、日頃の感謝も込めてね。あ、言いたいこと分かってっから。『俺の方が…』でしょ」
「…う、む」

「旦那に告白するまでに、俺様色々言ってたの覚えてる?旦那の存在がまるごと好きだったのは、初めからでさ。

そのときの気持ち、今も変わんないよ。恋とは違う、旦那が大好きで大事っていう気持ち。旦那と政宗が互いに持ってるのとは全然違うけど、俺様だけのそれも、ちゃんと…」


(それは…)


聞きたいと思っていたその言葉は、他の彼らに言われ、励ましてもらっていたが。

…まさか、佐助本人に、再び言ってもらえようとは。

圧し隠そうとする、緊張だか何だかからの熱の中に、喜びという温かみが加わる。


「佐助、俺も…」

「うん、今までの付き合いで、それは充分分かってるからさ。旦那も、何べんも言ってくれたしね」

佐助はニッコリ笑い、またも幸村に複雑な思いを抱かせた。だが、それは悪い意味合いではなく…


時間を確認し、「…そろそろ行こっか」と、佐助が席を立つ。

幸村も、結構時間が経っていたことを知り、彼に続いた。

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