回帰2





「傍にいる資格がないから」




──佐助は、そう一言だけ呟いた。




「何だよ、資格って?意味分かん…」

眉を寄せた慶次を遮るように、


「慶ちゃんも知ってんでしょ?あの後、どうなったか。あの戦いで…」

「…それが?」


佐助は、淡々とした調子で、

「俺様、もし旦那が戦場で最期を迎えるとしたら、あいつとの戦いで──なんだろうなって思ってた。でも、決して終わらせやしないつもりで。…なのに、あいつと会う前に…

見付けた敵の別動隊…他に手がなく、一人で片付けるしかなかった。たまたま、血を流し過ぎてて…しかも旦那にバレててさ、影使ってたの。陣には影武者置いて、俺様追って。…そりゃ俺様の部下は、旦那の名に恥じぬほど強かったけど」

「………」

「後は、知っての通りだよ。…全部、俺様のせいだったんだ。だから、資格なんかあるわけない。傍にいちゃ駄目なんだよ。思い出させたくないし」


慶次は顔を険しくし、

「何でお前のせいになんだよ。幸が決めて、そこへ行ったんじゃんか。お前のせいじゃ…」

「俺のせいだ!だって──」


(………)


…慶次は、ようやく解した。


「俺のせいで──俺に情けを抱いたせいで。ずっと、普通の主従でいれば良かったんだ。そうすりゃ、あんなことにはならなかった。

こんなの、思い出したところで…。旦那が忘れたままなのが、良い証拠だよ。ひどい記憶…思い出すに値しない」

「………」

「…守れなかった。必ず遂げなきゃいけない、俺の存在意義でもあった誓いだったのに。
あの笑顔を、終わらせた。…最後まで絶対離さないって、約束したのに。
いっそ、会わなけりゃ…」



「──顔上げろよ」


怒ったような口振りに、佐助はゆっくりと従った。

声と同様、怒りに染まった慶次の表情。


「それ、本気で言ってんの?──想いが通じなかった方が良かった?ひどい記憶?守れなかった?約束を破った?…会わなきゃ良かった…?」

慶次の口調は、徐々に早口になり、

「お前、完全には思い出せてないみたいだな。…よし、分かった。ちょっと貸してみ?」

と、佐助の頭を掴んだかと思うと、


『ガッ!』


「!?」

突然渡された額への痛みが、佐助の目の前に星を飛ばせた。

あまりの強烈さに目をつむり、ソファに手を着く。

…あの日と同じようなことが、頭の中で再発した。


──しかし、今回のは前と少し違う。


幸村と出会い、その成長を傍で見守る自分。その姿が、これでもかというほど細かに映し出される。

と言うより、戻って来る感じである。

最後の記憶が…あの赤が鮮烈過ぎて、何もかもがそれ一色に染まっていた。

温かな心を与えてもらい、恋もした。家族のように大事に想えた、彼女に。

そして、二度目は。
最後であり、その先もずっと唯一だと、全身全霊を捧げたあの魂。



『…佐助…』



あの瞳、あの温もり、…あの笑顔。

想いが通じ、これ以上ないほどの幸せな日々。
戦乱の世は続けども、平穏を目指し、互いに支え合い…

──別れまでの時間、…何と自分は、恵まれていたことか。


(何で、忘れて…)


…幸せだ。
幸せだったんだ、あのときも。

そして、今だって。

また出会えて──また、教えてくれた。想う気持ちを。
…この、喜びを。


見たことがあるわけない場面まで、映し出される。

楽しげに、幸せそうに、笑う自分たち。


…繋がれた、二つの手。


胸に落ちる哀しみと、慈しむ心。
何よりも優しく、温かく…


(──風来坊…)


目を開けてみれば、昔と同じ瞳をした彼。

辛そうに顔を歪ませているのは、彼にも同じことが起きているからか。

柄にもなく、胸が痛んだ。…この膿を移してしまい、申し訳ない気持ちに。
だが同時に、傷が半分ほど取り除かれてしまったような感覚に陥る。

その分だけ軽くなった気がし、佐助は少し笑った。













「お前守ってたじゃん、ずっと。最後まで離さなかったんだよ。誓い通り、生きるときも死ぬときも、ちゃんと繋いでた。そりゃもう、ビクともせずに…」

「…何で?」

「お前の部下が呼んでくれたんだ。もう二度と会えないと思ってたから、嬉しかった。…哀しかったけど、また会おうな、って。…で、叶った」

慶次は静かに笑って、

「そんときの気持ちっつったら、お前…。帰ったらさ、余計なこと考えずに会ってみな?分かるから」

「………」

「…お前にしたら、相当な罪に思えたんだろうけど、そりゃ違うよ。あいつは、そんなつもりじゃなかったんだ。本当は分かってんだろ?…人間だから、仕方ないじゃん」

佐助が凍らせていたものが、溶けていく。
…考えないようにしていた彼の顔が、脳裏に浮かび上がる。


「恋仲じゃなくたって、きっとお前らはああだったよ。本当に想い合ってる、昔も今も。家族以上に深い絆で、結ばれてる」

慶次の言葉は、膿をどんどん出していくかのようだった。


「慶ちゃん、本当おかしいよ。何で、そんなに…。旦那のこと、やっぱ諦めたの?」

素直に感謝など言えるはずもない。だが、これも正直な気持ちである。
何故、彼はここまで自分たちのことを…


「俺に限って、あるわけないだろ?さっけも知ってんでしょーに、俺のしつこさ」

慶次は、いつものように明るく笑い飛ばす。


「んじゃ…」

「さっけといるときの、幸の笑顔が好き。昔から大好きだった。…けどさ、」

今度は、真剣な顔付きになり、


「俺は、昔の俺と同一人物ってわけじゃない。それは、今の自分の一部分なんだ。もちろん、それがあっての俺で、ガッツリ惚れてんだろうけど。…でも、思い出す前に惚れた。これは、今の俺の恋であり、その中にいる昔の俺の夢なんだ。

知ったからこそ、絶対に諦められない。幸に、今の俺を好きになって欲しいし、同じように思い出して、俺を選んでもらいたい。──二人が思い出したら、言おうと思ってた」


(今の自分…)


佐助は、慶次の熱を思い知りながらも、その言葉を噛み締めていた。


自分も、思い出す前に恋した。

なかなか自覚できなかったのは、恐らく歯止めがされていたから…。
きっと、その前からそうだった。

あの日告げた言葉は、まさしく今の自分の気持ち。
だが、哀しみに留まっていた彼の、あの深い想いもあってこその。


(全く同じ…。慶ちゃんと、──政宗と)


その名を浮かべた途端、胸がわし掴みにされたように痛む。

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