一致4
それは別に、大した話でも何でもない。
佐助の父親が生まれ落ちた場所は、厳しい医者家系。歓楽街で働いていた母親との結婚は猛反対に遭い、その後の風当たりも相当なものだった。
佐助の髪は、両親のどちらにも似ていない。…罪もない母親は、ひどい中傷にさらされ続ける。
彼女の死後も、毎日のように来ては、ねっとりとしたものを押し付けていく親戚。
佐助が、一族の子供の中でも一番優秀だったため、ご機嫌取りと、飽きもせず放つ、母親に対する誹謗。
学園でも、うわべだけの付き合いの友人たち。周りは、信用できない輩ばかり。
長い年月、偽りの笑顔で、彼らに従っていた佐助だったが…
『──なぁ、聞いたんだけど、お前の母親ってさぁ…』
その一言で、それまで抑えていたものが、一挙に弾けた。
…気が付くと、しばらく登校するのを禁じられた状態になっていた──という、
(よくある話だよ。…だけど…)
知られたくない。…決して。
(だって…)
──まんじりとしないまま、夜は明けていた。
(…あれ?旦那…?)
ホームルームが終わり、しばらく慶次たちと話していると、幸村の姿が消えていた。
メールが入り、
『すまぬ、今日は先に帰る』
(まさか…)
A高に行ったんじゃ。──佐助は、すぐに校舎を飛び出る。
(行くなっつったのに…っ)
走りながら、ケータイをかけようとした。
すると、タイミングを見計らったかのように鳴る、着信音。
「…旦那ッ!?今どこ──」
『おおっ?早いな、出るの…』
幸村は、のほほんとした調子で、
『実はな…』
「おう、佐助!」
「旦那…」
佐助のマンションの、下のロビー。
幸村は、笑顔で出迎える。…手には、お菓子の入った箱。
「一言、言ってくれりゃあ…」
「その時間も惜しかったのでな!」
──幸村は、夕方の数時間しか発売されない、限定物のお菓子を手に入れるために、走る弾丸と化していたらしい。
佐助にも分けてくれるらしく、部屋の中へ案内する。
お茶を淹れ、幸せそうに頬張る幸村を眺めていると、
「…A高に行ったとでも、思ったか?」
「あー…」
(バレてた…)
「──すまぬ」
「えっ?」
見ると、幸村は沈痛な面持ちで、
「元親殿に頼み込んで……教えて頂いた」
「何を…」
(まさか…)
「…しかし、それはあちらに非が…」
「何で!」
テーブルに両手を叩き付け、佐助が立ち上がった。
「…すまぬ。興味本位などではない。…だが、知りたくて…」
「──うん、分かるよ。分かってるよ、旦那が俺様を心配してくれたってことはさ。でも…」
「…佐助は、悪くない。気に病む必要は…」
「んなこと分かってるよ!俺様は、ただ…っ!」
…が、それきり沈黙してしまう佐助。
「佐助…」
「──…た」
「…え…?」
佐助は、額に手を当てると、
「知られたくなかった──旦那にだけは。俺が、本当は…そういう人間だって」
「………」
「理想的な人間になるって、決めたんだ…。ずっと一緒にいたいって思われるような、優しくて楽しい…。──気に入られるように」
幸村に顔を向け、
「必死で演じてたのに。…全部意味なくなった」
(…嫌われた)
佐助の肩が、ダラリと落ちる。
「佐助…」
幸村は、ただ目を丸くしていた。
そして、首を傾けながら、佐助の顔を下から覗き、
「…お前は、俺と一緒にいて、気を遣うか?…疲れるか?」
(え…)
「俺と別れた後、家に帰ると、ホッとする?『やれやれ』…と」
「んなわけ、ないじゃん…っ」
(むしろ、寂しくて…)
幸村はニッコリと、
「では、演じてなどおらぬではないか。そんなことをしておれば、疲れるに決まっている」
「──……」
(…あれ?)
佐助は、首を傾げた。
「なっ、そうであろう?違うか?」
「え──あ……」
(そう…なのかな…)
急激に、佐助の熱は引いていく。
(あれ…?必死になってた気がしてたんだけど、あれぇ…?)
よくよく考えてみると、それで疲労を感じたことなど、一度もない。
ただ、幸村が笑ってくれる…楽しんでくれる──それだけが見たくて、
…自然、行動にできていた。
(──…ような)
「俺だけでなく、他の皆の前でのお前も、どこも無理をしておるようには見えぬぞ?あれで気を遣っておると言うならば、政宗殿と元親殿は『ブチ切れる』であろうな」
と、おかしそうに笑った。
「た、確かに…」
釣られたように、佐助も口をヒクつかせる。
「…だから、お前はそういう人間なんだ、本当は。これが、『本当の』佐助だ。
流されず一切も揺るがぬ人間など、おるはずがない。俺だってそのような状況にあれば、きっと同じように感じた。
佐助は、そのとき取り戻した──自身を。
…母上を、お守りしたのだ」
幸村は柔らかく笑んで、
「俺は、さらにお前を好きになってしまったぞ?迷惑がられても、俺はこういう性格──」
…言葉は、途中で遮られる。
──佐助の、幸村を包む腕によって。
「佐助…」
幸村は、ホッとしたように、彼の背を軽くさする。
自分も、そういうときは両親にしてもらい、落ち着きを取り戻していた。
「こんな、人の過去をコッソリ調べるような…最低の人間だがな……どうしようもないんだ、俺は…」
「──…っ」
佐助は、無言で首を振った。
…その腕に、力が込められる。
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