とりあえずの終息2






文化祭終了から一週間が経ち、あの、熱に浮かされたような騒ぎは、大分静まっていた。

幸村以外の彼らは、女の子たちからのお誘いや、告白のラッシュに見舞われている。
皆、ランキングで、ライバルたちに遅れをとるまいと焦り出したらしい。

(幸村が遭っていないのは、佐助の裏工作によるもの)


今も、佐助が女の子に断りに行くとかで、

『一人で帰んないで!すぐ終わるから待ってて!』

と、無理やり生徒会室に押し込められ、彼からの連絡を待っている最中。


…このところ、政宗と慶次とは、ろくに言葉も交わせていない気がする。

元就は、忙しいオーラを全開にして、群がるファンたちを一蹴している。
元親も、いつものように話してくれていた。

──だが、やはりどこか違和感を感じずにはいられないのが、本心だ。

ぽっかりと穴が空いたような、軽い虚無感すら覚える。


(…ダメだ。期末試験も近いというのに…)


幸村は首を振って、渡された書類の片付けを再開した。


「悪いなぁ、真田。また手伝いさせて」

官兵衛が、申し訳なさそうに首の後ろをかく。

「いえ、こちらこそ勝手にいさせてもらい…」
「それは全然構わんよ。毛利や猿飛から聞いてるし…。しかし、」

官兵衛は、思い出したかのように、

「お前さん、本当にあの女装、似合ってたよなぁ」

「ぅ…お恥ずかしい。しかし、優勝するために努力しましたゆえ」


ははは、と官兵衛は笑い、

「真田らしいな。…しかし、騒ぐ連中の気持ちも分かるよ。お前さんが女だったら、小生も惚れてたかもなぁ」


「黒田殿…」



『女だったら…』



幸村はボソリと、「…普通は、そうでござるよな…」

「──……」
「あ、いえ…」


官兵衛は、少し驚き顔で、

「…お前さん、もしかして告られたりでもしたのか?──しかも、男に」
「……っ!?」

「当たりか?」
「な、何故……っ」

「いや、そんなビビらんでも。何となくさ。思い当たる奴もいるしな」
「な……」

「そりゃービビるわなぁ。…で、何か元気ないわけか」


幸村は項垂れるように俯き、

「…返事は、いつでも良いと。…考えたいときにそうしてくれればと言われ…しかし」


うーん…と、官兵衛は頭を傾け、

「真田はどうしたいんだ?そいつに、何か言いたいことがあるんじゃないのか?」

「え……」

思わず見上げると、官兵衛はいつもと同じ表情で、

「小生の考えなんざハズレも良いとこかも知らんが、真田がそんな風に思ってる気がしてな」

「し、しかし…」


…一体、何を言えば。



「分からんが…面と向かってみれば、案外自然と出てくるかも知れんぞ。とりあえず、何かは変わるんじゃないか?」

「何か…」

「ああ。…分からないことがあるのなら、直に聞いてみれば良い」


(分からないこと…)


そこで、幸村のケータイの着信音が鳴った。──メールである。


「猿飛か?」
「いえ…」

幸村はメールを送ってから、

「すみませぬ、黒田殿。佐助にもメールしておきましたが、もしこちらに来たら、また迎えに行くと伝えて頂けますか?某、ちょっと出て参りまする」

と、やり終えた書類を官兵衛に手渡した。


「あ、おい真田──」

しかし、幸村は既に部屋を出てしまっていた。


(…これ、確実に小生が怒られるパターンじゃ…)


官兵衛は、笑いながらキレる器用なあの男の顔を思い出し、ぶるりと身震いをした。











「政宗殿」

「おー…って、佐助の奴は?」

教室に戻っていた政宗は、一人で現れた幸村を驚いたように見た。


「あ、メールしておきました。まだ戻っておりませぬ」
「そう…か」

予期せぬ事態に、政宗は少し動揺しているようだ。


「あの…」
「──ちょっと場所変えるか」
「え…」

どこへ、と聞く暇もなく政宗は教室から出て行く。
慌ててついて行くと、非常用も兼ねている外の螺旋階段にたどり着いた。
ここには、ほとんど人が来ることもない。


「──んで?」

何も言わない内に、政宗の方から尋ねてきた。

左目で、真っ直ぐこちらを見据えてくる。

ためらいも何もないような色に、幸村は純粋に感心する気持ちで一杯だった。
自分と違い、何と落ち着いていることだろう。

…上手く話せるだろうか。

幸村は、自らの背を押すように口を開いた。


「…政宗殿も皆も、ああ言ってはくれましたが、なかなかそういうわけにもいかず…。
──むしろ、そのことばかり考えてしまうのです。しかし、考えれば考えるほど終わりが見えず…このままでは、埒があかぬと思えて」

「ああ…」

政宗は、少し緊張した面持ちになった。


「──何故、某なのです?」
「…あ?」

「政宗殿は、某のどこが…。一体、どうして…?──某は、男にござる」

「知ってるよ。──だから…やっぱ無理…ってか?」

だが、最後の方は幸村の耳に入らなかったらしい。


「政宗殿は、女性にとても人気がありまする。『モテモテ』というやつでしょう?それなのに…」

「お前、それ聞いてどうするつもりだ?俺が何でお前を好きかっての知って、『ああそうですか』って納得でもしてぇわけ?何か意味あんのか?」


「意味…」

幸村は、気圧されるように詰まってしまった。

──確かに。それを聞いて、自分はどうすると言うのか。

…そんな大層な理由もなく、ただ不思議でならないと言えば、どう思われることだろう。


「…悪ィ。お前がそう思うのも、当然の話なのにな。俺が本気だってこと、伝わってねぇんじゃねーかと思っちまって」

「それは違っ──」

政宗は、「分かってるよ」と、笑った。

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