迷宮思考4

慶次は、向こうには聞こえないように深呼吸し、

「さっきは、急に帰ってゴメンな?や、ホント驚いちゃってさ、ちょっと外で色々考えてたんだ。ほらあの、前にお前と待ち合わせた橋のとこ。キレイだよなぁ。意外に、穴場スポットだよここ」

『何と、そちらに?…あれからずっと?』

「あー…ブラブラしてて。気付いたらここに」
『寒くはござらんか?身体を冷やしてしまったら…』

「だーいじょうぶ。平気平気。幸こそ、今日は相当心臓にキただろ?ぐっすり寝なきゃ」

『あ……』

幸村が息を飲んだのが分かったが、慶次にはいつものようにかけてあげる言葉が、まだ見付けられていない。

必死に考えてはいるのだが…

すると、


『あの…』

と、幸村の方から少しずつ聞かせてくれた。
あの後、元親に続いて元就にも言われた言葉を。

「そっか……さすが元就だな。すげぇや。…ごめん、俺…一つも良いこと、言ってあげらんなくてさ…」
『そのような…っ』

「いやー…マジでさ。…今もまだ、分かんねーし。なっさけねぇ…」
『慶次殿…』


(…ああ、ダメだな俺…。幸、困ってんじゃん…)


それならば、と幸村は控え目に切り出し、

『伺っても…よろしいか…?』
「え?うん、もちろんだよ。…何?」

とびきり優しく聞き返す。…できることと言えば、これくらいしかない。


『……』
「幸…?」

『…あの……慶次殿は…』
「うん?」

『ど、どう…思われましたか』
「え?」

幸村は、『あのっ』と、どもりながらも、

『…政宗殿の…』


緊張した声でその名を呼ばれると、覚悟していたことだが、かなりのダメージが慶次を襲う。

「っああ──。…そう、だな…まぁ、…知ってたし…。まさか、もう言うとは思っていなかったんだけど。…さっきも言った通り、あいつは本当にお前を…」

『…慶次殿』



──ダメだ。

こんなときなのに。

…その声を聞くだけで、ドキドキしっ放しなんて。


『じ、実は…そのことを尋ねたいのではなくて、…その』
「えっ…?」


『…慶次殿、は…っ』

幸村は、決心したように、

『どう……思われましたか?…先ほど、あれを聞いて。…某の言葉を…聞いて』


「──え」


(…どうって)


慶次は、今まで巡らせていた想いを、頭に浮かばせる。


とてもじゃないが──言えない!

…今、こんなところでは。


黙っている慶次に、幸村は焦ったように、

『あの…っ、某は、誰かにあのように言われたのは初めてで…驚いたのもありますが…
ですが…政宗殿の瞳は、見たことがありまする。──慶次殿と、同じ…』


「…俺と?」


『はい。…思わず吸い込まれてしまいそうになる、あの…。あのとき……慶次殿のあの瞳が、浮かび──それで、政宗殿の想いが…某でも、よく分かったのです。

ですが、佐助にああ言われたとき、某は責められたように感じ申した…佐助には、そんなつもりはないのでしょうが。

何と言いますか、…今まで何も思っていなかったのに、一度言われただけで、政宗殿を…す、き…になったのかと。そんなのはおかしいだろう、と』


(幸…)


「ううん──分かってるよ。さっけも、本当はそんなこと思ってない。ちょっとさ、焼きもち妬いちゃっただけなんだよ。あいつ、幸にベッタリだから」


『け、慶次殿は…っ!?』

「え?」


『………』

「幸…?」



『…もしも、慶次殿にそう思われていたとしたら…嫌だ──と。…どうしても……それが聞きたくて、電話を』


──ドクン、と慶次の鼓動が大きく跳ねた。


「お、俺…?」


『あのとき佐助は、某を軽蔑した──ように思ったのです。違うというのは、今は分かっておりまする。…ですが、もし…。もし…慶次殿が……』

「ゆ、」



『…嫌わないで下され…慶次殿…』



──心細そうに紡がれた言葉。



…慶次の身体は、めちゃくちゃに痛め付けられたかのように、軋む。

特に頭と胸。


──苦しい。

上手く息ができない。

目の前がチカチカするのは、何でだ?
俺の頭、ちゃんとくっ付いてんのか?


…そんなことを思うなんて、やっぱり俺の気持ちは、全然伝わってないんだな。──だけど!

裏腹に沸き上がるのは、どうしようもない喜び。


嫌われたくないってことは、つまり…

友達でって意味だけど、でも。


(…ずっと、そんなことを考えてたんだ)


もし、政宗のことよりも杞憂してくれていたとしたら…どれだけ幸せなことだろう!


「そんなわけ…ないだろ…!」


今すぐにでも抱き締めて──そうじゃないってことを、死ぬほど分からせてやりたい。

俺がお前を嫌うなんて、何があってもあるわけがない。
何てヒドいこと言うんだ、幸は。…そんな声で。


…苦しくて、こっちが死にそうだ。

お前の何気ない一言に、いつも勘違いしそうになる俺は、きっと誰より滑稽で三枚目…

こんなんじゃ、本当に──


『慶次殿…』

ホッと胸を撫で下ろしている様子が窺える。

…その表情を想像するだけで、慶次の胸は熱くなった。


「バカやろう…」

ついそうこぼしてしまったが、幸村は照れ臭そうに笑った。…心から安心したような。

笑い声が、慶次の耳を心地好くくすぐる。


「──さ、もう寝た方が良いよ。…余計な心配はしないでさ」

『はい…。ありがとうございまする』

「全然。…おやすみ」

『おやすみなさい…』


ピッとボタンを押し、慶次はケータイを閉じた。


「……」

しばらく手の中で玩びながら、片方の手で頬杖をつく。


『慶次殿のあの瞳が…』



(…そのとき幸は…)


──政宗と俺の…

どっちの瞳を、見ていたんだろう。


……どっちの……



電話を切ってしまった後では、答えが分かるはずもなかった。

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