迷宮思考2
「──はい」
風呂上がりの佐助が、元親へ飲み物を渡す。
「お、さんきゅ」
「かーんぱーい」
「何に乾杯?政宗の告白?」
「親ちゃん、全っ然笑えねー」
と、佐助は一気にあおった。
「…慶ちゃん、今どんな気分だろ」
「何だ、気になんのか?──てか、お前はどーなんだ。前は、『幸村は一番最初にコクったモン勝ちだ』とかって、慶次を警戒しまくってたが。結局、政宗だったけどよ」
「ちょっと、そんな風には言ってないでしょ。…でも、俺様大失態だわ。今の今まで、隙与えないようにしてたのにさ。まぁ、慶ちゃんに一番気を付けてた、ってのもあるけど…」
「あいつもツイてねぇ──ま、お前のせいだけじゃねーしな。やろうと思えば、ケータイっつーモンがあるんだからよ」
「そうそう。…でも、まぁ…畏れ入ったわ。いくらまーくんでも、…相当怖かっただろうし。俺様的には、旦那が気持ち悪がってくれりゃ万々歳だったけど、そりゃーあり得ないしねぇ」
「ホンット黒いな、お前。…てか、余裕じゃねぇか」
「ん?だって負ける気しないし。確実に俺様、今旦那の『一番』だもん。旦那はね、俺様といるときが、一番落ち着くんだよ?さっきは、少しでも政宗を意識したのかと思うと、ムカついたけど…」
佐助は、飲み物で口を湿らせ、
「旦那は、そんな空気に耐えられるはずないよ。恋愛なんて無理だって思ってるし…ましてや、『破廉恥!』なことなんてさ。だから、まーくんはきっと、最終フラれるんだよ。そんな苦手なものなく、気を遣わずに楽しくいられる、旦那にとって一番の、俺様がいる限り」
「…お前…、そんなに幸村が好きか」
「あれ、知らなかった?親ちゃんも好きだけどね」
「そりゃどーも。…ちょっと違うような気がするがな」
「え?」
元親はグラスを空け、
「お前のは、…慶次や政宗たちのと、どう違うんだ…?」
──シン…と、静まり返るリビング。
だが、それも少しの間だけで、クク…と、忍ぶような笑い声が響き、
「何…言ってんの?全然違うでしょ、あの二人とは。俺様は、旦那をそんな目で見てない。それよりもっと…もっともっと大事に思ってる」
「…『それより』ねぇ…」
「──何よ」
文句ある?とばかりに、睨みつけてくる佐助。
「んじゃ、聞くけどよ。…何で、政宗にムカついたんだ?」
「え」
「お前…俺には、全然そんな素振り見せねぇよなぁ。慶次や政宗、女装で幸村に興味示した奴らには、さっきみてぇな顔したりすんのに」
「は…」
詰まる佐助を、元親は複雑な表情で見る。
続けて、呟くように、
「…ホントは、知ってんじゃねぇの。恋愛でも、何よりも深ぇ間柄になることがあるって。──思ってんじゃねぇの?慶次や政宗が、幸村にとっての、そんな相手になり得る可能性があるかもって。だから」
「だからさ、俺様はそれ以上の存在になるんだよ。てか、ならなきゃ。旦那と、ずっと一緒にいたいんだから」
「それ以上って…。無理だろ?オメーは、デートにもいちいち保護者として、ついてくつもりか?」
「嫌なこと言わないでよ。俺様でも、そこまでしないって。
別に、四六時中、手を繋いどきたいわけじゃない。…旦那のここに、俺様を常にいさせてくれたら、それでいいんだよ」
「ここ…。…心…ってか?」
佐助はニコリと笑い、
「そう。何があっても最初に顔が浮かぶのは、俺様。恋人よりも先に。…もっと、深いところを占めるんだ。だって、俺様がそうなんだから、旦那もそうでなきゃ。
って、まぁ…もっと頑張らないとだけどね。俺様は、まだまだそこまでのレベルじゃないみたいだから」
「オメー…」
(何で、分かんねーんだ…?)
ちょっと──いや、かなり歪んでるが、そりゃあ紛れもなく、あいつらと同じ感情じゃねーか!
もう、わざと気付かねーようにしてるっつうか、思い込もうとしてるんじゃねぇのか…?
…理由は…
やっぱり、こいつの記憶が戻らねぇのと関係あるんだろうか…?
「…どっかおかしい?」
「え、」
(や、どう考えてもおかしいだろ!)
──と、正面から言える勇気は、元親にはない。
「…だってしょうがないんだ。こんなのは、初めてで…きっと、もう他にはない。──分かるんだ」
「……」
佐助は、自分のグラスを握り、
「だから、誰にも渡したくない──その心だけは。決めたんだ…旦那にとって、理想的な人間になるって。家族より……恋人よりも。旦那には悪いけど、でも俺様は、絶対相応しい奴になってみせるからさ」
「──……」
元親は、静かだが確かな熱を感じさせる決意に、呑まれそうになる。
一見では分かりにくい、その炎。
…慶次たちとは違う、足元にゆらゆら立ち上る、陽炎のような熱。
しかし、同じように…
(…思い出してねぇけど、お前はやっぱり…)
「──親ちゃん?」
「っあ、ああ…」
元親は息をつき、
「よく分かったぜ、お前の盲目っぷりは」
「あ、ホント?」
「お〜。…ま、気張ってくれや。俺ァ、とりあえず幸村が、ずっとあの調子でいてくれりゃー良いわ。元就じゃないけどよ」
「あはは、そりゃ任せといてよ。俺様が旦那を悲しませることが、あるわけないでしょ?尽くし続けるよ」
元親は、胸焼けでも起こしそうな気分になりながらも、
(…もう少しだけ、付き合ってやるか…気付かねぇ振り)
お手上げだという風に、苦笑いするしかないのだった。
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