エントリー4
「政宗ど、の…、冷た…い」
幸村は眉を寄せ、なけなしの抵抗をしてみせるが、
「…ッ…?」
そのまま政宗は幸村の首横に顔を沈め、同じように耳朶から鎖骨まで、細かく位置をずらしながら自分の唇を押し付けていった。
悪戯に、たまに這わせる舌先。…指と違い、浸透する熱。
「……は…、っ…な、ん…?」
「…本当は、色付けたかったけど…困るのはお前だもんな。──見えねぇけど、沢山付けてやった。俺の…」
と、彼は小さく笑うが。
…その顔は、こちらも辛くなりそうなほど、苦しそうに歪められていた。
「政…」
「指は冷てぇかも知れねぇが…中は、燃えてるみてぇなんだ。お前に刻んで、嫌ってほど思い知らせてやりてぇよ。
…俺だけで一杯にして…お前も、全部くれたら良いのに。…ここも」
政宗は幸村の左胸にそっと手を当て、少し経ってから離した。
そして、ゆっくりと立ち上がり、
「時間かかっても構わねぇ。普段は考えなくたっていい。お前が考えたくなったときに、そうしてくれりゃ良いんだ。
──んで、出た答えが何であれ、俺は、一生お前のダチでいるのは絶対やめねぇ。お前が迷惑でも、それだけは許せよ」
「そん…なの…」
当然、と言いたいが、…それで良いのだろうか?
それではあまりにも、自分にばかり都合の良い──
「…悪ィな、一方的に言って。…今日はもう…家に帰るよ」
「あの…っ」
幸村は慌てて起き上がろうとするが、カクッと力が抜けて片肘が着く。
政宗はその様子に、ニッとなり、
「言っとくが、そんなの序の口だからな?俺を選べば、比べモンにならねーくらいの天国見せてやるよ」
「…な、っ…」
バレていた、と分かると、幸村の顔が再び赤くなる。
「Jokeだjoke!──じゃあな。see you the day after tomorrow」
最後には彼らしく笑い、政宗は部屋を出る。
…間もなく玄関で数人の声がし、彼が帰宅したのだと分かった。
幸村は、その後に佐助が来るまで、ベッドの上で仰向けになったまま、動くことができなかった…。
…旦那、どうしたんだろう…
佐助は、無言で夕食を食べる幸村を、心配そうな顔で見ていた。
食べ始めの頃は、
『すごいですなぁ、元親殿!』
と、彼の料理に感激しつつ、モリモリ箸を運んでいたのだが。
「幸ー…それ、どーお?俺も手伝ったんだよー?」
「おめーは切って混ぜただけだろ」
「そーだけどさぁ。あ、あとご飯も俺が炊いた」
「そのくらい、我でもできるわ」
「いやー、でもホント美味しいよ。俺様が炊くより、ふっくらしてるし。慶ちゃんは、飯炊き名人だね」
「マジでッ?やった、先生に褒められた!」
「ね、旦那。そう思わない?」
「……」
──しーん……
「幸ぃ……」
「ほら旦那ぁ、無視なんてしないで。慶ちゃん、泣いちゃうよ?」
佐助が幸村の肩を揺すると、ハッとしたように、
「あ、ああ!すみませぬ、慶次殿っ。すごく美味にござる」
…と、慶次の示したものとは全然違うおかずを口にして応えた。
「えぇー…」と言いたげな全員の顔を横目で見ながら、佐助は先刻のことを思い返していた。
───………
──スパン、と引き戸が開けられ、政宗が和室へ顔を覗かせる。
中では、佐助、慶次、元親の三人が集まって何かコソコソしていた様子。
『…っくりしたぁー!何、起きてたの?』
『ああ。…何だ、それ見られちまったのか』
『あ!ちょっと、コレ何だよ!?勝手に見たのは謝るけど』
『謝る態度かこれ?──しょーがねーから貸しといてやらぁ。…んじゃ、俺帰るわ』
『はッ?』
『どうしたの?何か用事?』
政宗の、どこかいつもと違う雰囲気を悟った慶次が尋ねた。
『ああ。今日は珍しく、親父が早いとよ。小十郎からメール来てた』
『おー、そりゃ良かったじゃねぇか』
『元就も起きてんぜ。腹減ったってよ』
『やべ、飯の準備っ』
慌てて元親がキッチンへ戻る。
『それ、気に入ったヤツあったら、プリントしていーぜ。じゃな』
『あ、ちょっと…』
荷物を手にさっさと玄関へ行く政宗を、佐助と慶次は見送った。
『そういや幸、まだ風呂かな?』
『…あ!』
(俺様、着替え!)
慶次は手伝いに戻り、佐助は風呂場に行ったが、幸村はいなかった。
旦那が長風呂とはいえ、シャワーだし…今の今までは、あり得ない
どこに…
佐助は、リビング以外の部屋を全て覗いたが──どこにもいない。
(…てことは)
自室を静かに開けると…
──佐助は、小さく息をついた。
幸村は、佐助のベッドに横になっている。…用意していた着替えも、きちんと身に着け。
『旦那……寝てんの…?』
そっと近付き、覗き込んでみる。
『だん…』
──ドキン
佐助は、自分の布団に広がる栗色の髪の、これまで感じたことのなかった、鮮やかさに魅入られた。
見慣れた姿なのに、前髪が流れて覗く額や、佐助の服のせいで少し開いた襟回り、そこから伸びる白い首などが、
…いやに、くっきりと目に映る。
しかも、予想に反して、幸村の瞳は開いていた。
『さすけ…』
幸村が、緩慢とした動きで腕を上げる。
どこか掠れた風に聞こえたその声に、
『…、ん…な…』
と、佐助も詰まってしまった。
──やけに、喉の奥が渇く…
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