エントリー3

政宗は、佐助の勉強机用の椅子を引き、幸村と向かい合って座った。
少し、幸村の方を見下ろす形である。


「なかなか二人になんて、なれねーしよ…。すぐ邪魔が入って、もしかすると中途半端になるかも知れねぇが、…聞いてくれ」

「は、はい」

その、見たこともない政宗の表情に、幸村はゴクリと固唾を飲み込んだ。


(…一体、何の…)





「俺よ、…俺もな、慶次と一緒で……

──好きな奴が……いるんだ」



「すっ──」

…もがっ


幸村が大声を上げる前に、政宗が手で口を塞いだ。

「すまねぇ、お前がこの手の話は苦手だって分かってっけどよ、…頼む」

「……っ」

幸村もハッとなり、コクコクと頷いた。


「Thanks…」
「いえっ…」


「──幸村……」


政宗が、幸村の肩に軽く手を乗せた。
…かなり緊張しているのだということが、伝わってくる。

それをほぐしたかったが、その術が分からず、幸村は、ひたすら彼の言葉を待つことにした。


「本当は、こんなに早く言うつもりじゃなかったんだ。…てより、見てるだけで良かった。そいつが笑ってりゃ、それで良いってよ。それなのに…」

政宗は小さく息をつくと、

「あり得ねぇくらい、参っちまったみてーなんだ…。今までになくハマって…惚れ過ぎて。自分でも分かるほど、色々見失いそうになる。…てか、もう見失ってる。どうして良いのか、分かんねぇ…。

これ以上隠すのは無理だ。言いたくて言いたくて、しょーがねーんだ。『好きだ』とか『誰にも渡したくねぇ』とか『俺だけを見てろ』……他にも、もっとな」


「…政宗殿…」


──知らなかった。…彼が、こんなにも熱く…このように、誰かを。

慶次殿のように──唯一人を。どこまでも、真っ直ぐに…


「…信じてくれるか?」

少しだけ不安の落ちた目で窺う政宗に、

「当たり前ではありませぬか」

と、幸村は目を丸くした。


「…その言葉、忘れんなよ?」

急に椅子から立ち上がったと思いきや、政宗は幸村の前に片膝を下ろし、両手をベッドの上についた。

彼が膝を置いたのは、幸村の少し開いた両膝の間。二人の顔の距離は、これまでで最も近い。


「政宗殿…?」

軽い息苦しさを感じた幸村は、後ろにずり下がるが、そこにあった政宗の腕に自分のものが引っ掛かり、


(あっ、)

と思ったが遅く、背中からベッドに倒れてしまった。

急いで起き上がろうとするが、政宗に両手を押さえ込まれ、叶わなくなる。


(え…?)


な、何故?


混乱する頭の中、射抜かれるような左目が近付く。






「──好きだ。…好きなんだ……幸村」





……………

──……え?


幸村の思考は完全にフリーズし、起き上がる力は一気になくなった。



…今、政宗殿は、何を…

…誰を、…何と…?



「信じてくれ…」

辛そうに絞り出す声に、幸村の頭はすぐに動き始める。


「まさ、むね…どの」


「からかってんじゃねぇ…本気だ。女にだらしなかった俺が言っても、信じられねぇのは無理ねぇと思う。──だが、嘘じゃねぇ。…この気持ちは。

お前が笑うと、俺はバカみてーに嬉しくなれるし、…同時に、あり得ねーくれぇ苦しくなる。

ライバルで、ダチで…それだけじゃ収まらねぇんだ。お前は、ドン引きするだろうけど…」


「そ…あ…」

あうあうと、口をパクつかせる幸村。


政宗の言葉を遅れて理解できた頃、全身が赤に染まった。


何しろ、そんなことを言われたのは、人生初だったのだ。


周りの友人たちのように、女の子に告白したなどというのを聞いて、自分と立場を置きかえて考えたことすらなかった幸村。

だが、いつかは、そういうこともする日が来るのだろうか──程度には、思った覚えはある。

それがまさか、言われて…しかも、友人で──同性で。

だが、戸惑う以上に沸いたこの熱は…一体、何なのか。


そんな幸村を、政宗はフッと笑い、

「可愛いよな……んっとにお前は…」


…背筋に、何かが走る。

いつもなら可愛いなどと言われれば、すぐに反論したくなるというのに。


…政宗殿の…、その…瞳とか、初めて聞いた…この上ない優しい口調の、せいだ…!


(…わけが分からぬ──)


自分は一体、何を…どう言えば。

政宗のことは好きだが、彼の言っているのは、全く別の…


「お前は、気を遣わなくていい。いつものように接してくれ。俺も、そうする…と思うし。
…ただ、言わなけりゃ、俺の気持ちは一生伝わらねぇと思ってな。知ってもらいたかったからよ…例え、お前にどう思われようと。

──これでも、結構勇気要ったんだぜ?」


ニヤリと、政宗はいつものような顔になり、

「だからよ、…ってのは押し付けがましいが、考えてみてくれよ。…お前に選ばれる、幸運な一人の候補にな」

「…そん…な…、某など…」
「バカ言ってんじゃねぇ。この俺が惚れた相手だぜ?…自覚持てよな」
「う…」

詰まる幸村を、政宗は愛しむように見ていたが、


(…ん?)


「おい、何だよ…これ」

首の開いたタンクトップから覗く、あの紅い痕を指した。


「あ、これは…」

幸村は、昨晩のことを話した。


「…あっの野郎…!」
「ま、政宗殿…?」

「お前、これどういうモンか、分かってんのか?」
「あ…はい。聞き申した…」

またも上がる体温を感じつつ、幸村は目を伏せた。

「クソ…。また、先越されちまった。何なんだ、あいつ…いつもいつも」
「…?何が…」

「…いや、分かってっけどよ。悔しいじゃねぇか、まるでお前は、元親のもの…みてぇな」
「は…」

「俺だって…」


政宗の長く節ばった指が、幸村の頬に軽く触れた。
優しくなぞるように、耳朶、首筋、鎖骨へと伝っていく。

幸村は、それがもたらす冷たさと、得も言われぬ感覚に戦慄した。
背中がゾクリとし、政宗の顔を直視できない。──絶対にバレたくない。

…その感触に、耐えていることなど。

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