エントリー2


「子供の頃、理容室に行って思い知ったのだ。あの、首筋と耳の後ろを剃られたとき…本当に耐えられず。かすがには、感謝してもしきれない」

「あー…」

確かに、少々こそばくはあるものの、佐助はそこまで思ったことはない。


(敏感なんだねぇ…。──てか、危険だ)


「旦那の弱点かぁ…。まーくんとかに、触らせたりしないようにね?バレたら大変」

「そっ、そうだな」

「まーくんだけじゃなくて、えーと……あーもう面倒くせ。俺様以外の、誰にも触らせないで」


(──ん?…ちょっとこれ、何か変な言い方…)


幸村は、キョトンとしている。


「そ、それくらいの心構えでいた方が、いーじゃん?旦那にとっても!ねっ?」

「あ、ああ…そうだな。佐助にだけだな」

「ぇあッ!?い、いやいや!俺様も触らないよ!そんな、旦那が嫌がること、やんないよっ」


び、びびびっくりした!んな、『あなただけは触ってね』みたいな!──って、全然違うけど!


「そうか…、そうだよな」

幸村は、ハハッと笑って立ち上がる。

「上のヤツ取るからさ、そのままシャワー行って?着替え、後で洗面所に持ってっとくから」
「うむ、すまぬな」

幸村は元気にも短パン一丁だった。


「──ん?ちょっと…旦那」

佐助は幸村を引き留め、

「これ…こんなに濃かったっけ?…何か、昨日より大きいような気もするし」

と、鎖骨の下の紅を指して尋ねた。

「え?」

幸村は下を向き、頬を染め、「しっ…知らぬ。元親殿に聞け…!」

──そのまま、リビングを出て行く。


(気のせい…かなぁ…)


佐助は、首をひねるが。

「……」

それから、無言で片付けを始めた。

幸村が被っていた白いフードにかかった髪の毛を払い、下に敷いていたレジャーシートに落とす。
ササッとチリトリにかき集め、ごみ袋に放り込み、シートの上で掃除機をかけた。シートは畳み、今度は床もかける。…作業は、あっという間に終わった。

その間中、頭に浮かんでいたのは、先ほどの幸村の表情や、あの紅い痕…


(…俺様、何考えて…)


はぁ、と息をつき、一人掛けのソファに腰掛けると──尻に何かが当たった。

「ん?」

転がっていたのは、一台のデジカメ。
佐助はそれを手に、

「ねーねー、これ誰の?二人のじゃない?」

と、キッチンへ見せたが、

「いーやー?」
「ああ、政宗のじゃねぇか?」
「ウソ?こんなの持ってたっけ…。──見てやろ」
「いーのかぁ?」

苦笑する二人だが…。


「ちょっ…!何これ!」

愕然とした様子の佐助の声は、二人を引き付けるには充分だった。














…ふぅ、サッパリした。


幸村はシャワーから上がり、先ほどの短パンを穿き直してから、頭を再び拭き始めた。
そのまま、タオルを肩にかけるが…


(──着替えが…。佐助、忘れてるのか)


髪の毛を、ドライヤーで適当に乾かす。少し毛先が濡れていたが、気にしない。

「佐助、着替え…」

と、リビングへ入ったが。…キッチンにも、誰もいない。

「──……」

ボソボソという話し声が、閉められた和室の引き戸から、聞こえてくる。


(何だ、そこか…)

と行こうとすれば、


「!──政宗殿」

ソファで半身だけ起こした彼に、手首を掴まれていた。

「よぉ、…髪、切ったのか?」

「あ、はい。佐助に…」
「Huーm。いーじゃねーか。…着替えか?」

「はい…佐助が」
「あいつの部屋に置いてるってよ。来な」

「えっ?は、はぁ」

勝手に入って良いのか?という考えがよぎったが、政宗に手を引かれるままリビングを出た。


──佐助の部屋……


一度入ったことはあるが、本当にすっきりと片付いている。

ダークブラウンを基調にした、落ち着いた感じでいてオシャレなインテリアは、かなり佐助らしい。


「…ほら、これだろ多分」

と、政宗は、重ね着風のタンクトップにパーカー、下は黒のスウェットを手渡した。

佐助の家で世話になるときに、よく貸してもらう一式である。
部屋着にしては凝った作りで、かなり便利な代物。…ただ、足の長さの違いを痛感しなければならないところは、切ないが。

上も、ワンサイズ違うだけで結構ぶかぶかするのが、悔しい。


『そんだけありゃ充分じゃん?旦那スマートだから、俺様よりサイズ下なだけだって』

と、笑う佐助の顔が浮かぶ。

まだ成長期なので特に気にしたことはなかったのだが、こうも長身の友人ばかりに囲まれるのは、初めてだったので──…気にならないわけがない。

かろうじて元就とはそう大差ないが、わずかでも負けているのが、現実である。


(…何もしていないのに、どうして皆、こんなに…)


羨んでも仕方がないとは分かっているが、つい思ってしまう。

元親や慶次などは規格外なので、目標の対象には非現実的だが……佐助や政宗たちの高さは、理想的だ。


(自分から見ても…格好が良いものな…)


いつものことだが、顔に出ていたらしく、

「何だよ。なーに拗ねてんだ?」

政宗が、苦笑混じりに幸村を見た。


「いえ…。佐助と政宗殿の身長が、羨ましいと思っただけでござる」

言い訳することもないので、素直に白状すると、

「そ…そうかよ」

と、何故か照れる政宗。

そんなつもりはなかった幸村だが、まぁ良いか…と深く考えなかった。

部屋から出ようとすると、


「まぁ待て。…座れよ」
「え…しかし、」

「いーから。──ちょっと、話がしてぇんだよ。…二人で」
「はぁ…」

幸村は政宗に押されるまま、佐助のベッドに腰を下ろす。


(人の部屋で…大丈夫なのか?)


と逡巡するが、政宗がいつになく真剣な顔になっていたので、どうにも言い出せそうにない。

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