二日目A-8



「そんなに驚かなくても…」

自分も面食らったが、ここまでではなかった。


(…こちらが、被害者なのだぞ。まぁ、夢で違う人を腕にしておったのだろうから、仕方がないとは思うが…)



「えっ、いや、ごめん!あれ、俺──」

慌てて、慶次は腕を離し、起き上がった。


ふぅ、と幸村は仰向けになり、そのまま慶次を見上げ、

「…すみませぬな。某も、あのままでは眠れぬと思い」


「いや、そんなっ。俺が、こんなっ…!ごめん、ホントに…何でだろ…」


「──いえ」

幸村は、体勢を変えた。慶次に背を向ける形で、片方の腹を下にして。

背後で、ガサガサと動く音が聞こえる。…自分の布団へ戻るのだろう。

幸村は目を閉じた。



「…ごめんって」


「!」

突然耳元で囁かれ、幸村は目を見開いた。

…異様に鼓動が速くなり、どうしてか、慶次の顔を見返すことができない。


「…それは、先ほど聞き申した」

と言うのが、精一杯である。


(頼むから、早く戻ってくれ…っ)


「だって、幸…怒ってるだろ…」

しょんぼりとした慶次の声に、幸村は、えっと声を上げそうになった。


…自分は、そんな態度をもらしていたのか…


自分でも驚いて、

「お、怒ってなどおりませぬよ…」

と、振り向くと、何とも寂しそうな──泣きそうな慶次の顔が、すぐそこにあった。



(け、慶次殿…)



確かに、少々の腹立ちは沸いていた。

だが、その顔を見た途端、幸村のそれはどこかへ消え去り──そして、瞬時に別の感情が押し寄せる。

何と言えばいいのか、…この気持ちは。
例えば……そう、ペットショップの前で、ケースの中の仔犬と、目が合ってしまったときのような。──あれに似ている。

許される状況なら、すぐにでも店に入って、思い切りこの胸に抱き上げてやりたくなる、あの衝動。


「…怒ってなど、おりませぬ。だから…そのような顔、おやめ下され…」

どう言えば、その顔を緩められるのか分からない幸村は、真正直に頼むしかない。

おずおずと、慶次の頬を片手で包むように触れた。


「…ホントに?」

幸村の行動に怯みながら、まだ少し不安げに聞き返す慶次。


「はい」

幸村が微笑むと、慶次はやっと安堵した表情になり、

「良かった…」

と、ベッドに倒れ込んだ。


「…と言いますか……こちらの方が、申し訳ござらぬ。ぐっすり眠って…夢も、見られておったようでしたのに」

「え、寝言とか…っ!?俺、変なこと言ってなかった?」

「いえ…。ただ、某を誰かと間違えておられるのだろうな…とは」

「え?──あ」

「あっ、別に気にしては」

先ほどの顔を見るのは、精神的に良くない──幸村は慌てて言うが、


「や、間違えてはないんだけど…夢って、分かってたからさ」

「…え?」


慶次は苦笑いし、

「いやー、驚いたよ。夢でも幸が出てきたのに、起きたら同じことしてたから…すっげービビった」

「え…」


(…では、あれは…)


──しかし、あのような、よく分からない言葉を…



慶次を見返すが、…嘘をついているような顔ではない。


「飲み過ぎだな、俺。…ごめんな、ベタベタして…。酔っぱらいのオッサンだ、こりゃ。てか、酒臭くなかった?」

「い、いえ…」


そうか…あれは、酔っていたからだったのか──

むしろ、幸村は納得ができて、助かった思いになる。


「慶次殿は花のようだと前に申しましたが、その香りのせいかも知れませぬ…。どこかで嗅いだことがあると思っておったら…慶次殿の匂いだったのですな」


「えっ?…そう…かな?」

自分では、よく分からないらしい。

幸村もそうだが、自分の匂いと言うは、全般的にそういうものなのだろうか。


「…しかし、それならば腹を立てる必要は、なかったわけか…」

「え」


「おやすみなさい…慶次どの…」

ふぁ、と欠伸をする。

スッキリしたお陰か、幸村の瞼は急速に重くなっていた。



「おやすみ…」

(──って、ここで寝ても良いのかな。…全く眠れそうにないけど)


幸村がこぼした台詞を、頭の中で反芻する。



(…も……もしかして…、焼きもち…みたいな?──の妬いて、くれてたり…?)


…身体中がカーッと熱くなり、特に頭は、さらにひどい状態に。


幸村の横顔が見えるすぐ隣で、枕代わりのクッションを抱え、思い切り顔を埋めた。



──だったら、どうしようッ?

幸が、俺に…俺のことで、嫉妬…!?


…いや、幸のことだから恋愛とかじゃなくて、きっと友達とられたくない的な、小学生レベルのヤツなんだろーけど、──でも、それでもめちゃくちゃ嬉しいんですけどコレ…っ。

どーしよう。…どーする…ヤバいって、このくらいのことで、こんなんなってて、どーする俺?

こんなことじゃあ、いざ幸に気持ち伝えるとき、絶対格好付けらんねぇ!
てか、こんな調子じゃアピるのも……てゆーか、絶対通じねーよ!

夢ん中じゃ、思い切り抱いてたくせに、起きて意識した途端、…あの逃げ腰。…ダサい。最っ高に、ダサい。

(自称)女の子をときめかせるのは、大得意な前田慶次は、一体どこ行ったんだ?
これじゃ、俺の方が乙女…

──いや、幸は女の子じゃねーんだけど…!


…元親の言う通り、政宗よりダメかも、俺…



はぁ、と溜め息をつき、幸村の方を窺うと……スヤスヤ穏やかに眠る顔。



(──…好き、…だなぁ……もう)



うーん、などの寝言とともに、布団から、幸村の腕が頭の横に飛び出した。


(ッ、…かっ、わ…)


けど、風邪引いちゃうよ──と、慶次は苦笑し、腕をしまってやるのだが。

…ちょうど鎖骨の下の、あの紅がチラリと覗き、顔をしかめる。



(元親の奴…)



「……」


つい引き寄せられるまま、指が紅へ。…中指と薬指で、つ、と軽くなぞる。


「…ん…」

幸村の眉間にかすかな皺が寄ると、ふ、と堪えたような寝息がこぼれたので、慶次は目を細め──頬を染めた。



(…本当に……どうしようもねーや…)



結局、元の布団へ戻って、大人しく寝た慶次だった。







*2010.冬〜下書き、2011.8.28 up
(当サイト開設・公開‥2011.6.19〜)

あとがき


ここまで読んで下さり、ありがとうございます!

本当にごめんなさい!
皆、不良にしちまったー!謙信様までも!
元就、生徒会長のクセに…!幸村、絶対許さないハズなのに…!
イメージ破壊しまくりで、本当に申し訳ないです(;o;)

愛ゆえの暴走なんです…。
しかし、政宗はすみませんでしたm(__)m
大好きでして…ああいうのが(^^;

慶次はもう、ホント…必死過ぎて、恋愛発展能力がゼロになっているらしい。

幸村が、誰に対しても人懐っこいので、自惚れちゃイカン、と普段から自分に言い聞かせてるせいもあるかと…


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