二日目A-7
「…何ぃ!?バカとは何だ、バカとは!」
「だーかーらぁ…」
「ヘイ、幸村ァ、俺も怪我しちまった〜。消毒してくれ」
「政宗殿?」
「ほら、ここここ」
お約束──政宗は、自分の唇を指し示す。
「口の血は、すぐ止まるでしょ」
氷よりも冷たい目で、一蹴する佐助。
「消毒液なら、ここにあるではないか」
元就が、政宗の口へグラスを押し付ける。
「いだっ!いてぇよ元就」
「ほら、もっと付けぬか。血が止まらぬぞ」
「…S降臨」
「いや、いつもだろ」
やっと、平常通りを取り戻した元親は、
「幸村、血は出てねーから平気だ、すまねぇな。それにこれ、怪我とかじゃねーし」
「そうなのですか?」
「ああ、こりゃあ……キスマークだ。どっかの、肉食系女子からの」
「──!?き、…っ?」
かぁぁ、と赤くなる幸村。
「そ、そうだったのですか…ッ!知ら…っ、あ、だって、それ、口紅とかでは…ッ」
「ん?…あ〜、そか。…そりゃ、分かんねーよな」
「そ、それに、何故……そんなところに…」
「お〜、なかなか良い質問をしてくれるねぇ。…じゃ、教えてやれよ、佐助さんよぉ。これ、どーやって付けんだっけ?」
ニヤニヤと──今度は、元親の反撃の番らしい。
「旦那は、んなこと知らなくていーんだよ?破廉恥はイヤでしょ?」
「は、はれんち…」
「あー!?愛じゃなかったんか?愛じゃ!破廉恥で片付けんのかよ、テメー。…よくも、俺の心を弄んだな?
──これでも、くらいやがれっ」
どうやら、元親は大分酔っていたらしい。
佐助の襟首を、思い切り引き寄せ、ニヤリと笑い…
(ぎゃあぁぁ!旦那の前で、そんな失態…!)
思わず佐助が顔を背けると、突然手を離され、
「──ッ…ん…っ?」
息を飲むような声が聞こえ、ハッと顔を戻すと、
「も、元親殿…?」
わけが分からないといったように、幸村が目をパチクリさせている。
気のせいかも知れないが…、頬がわずかに赤い、…ような。
「旦那…?」
「も、と、ちかぁ…?」
慶次は、ショックを受けたような表情。
「──ほら。…さっきみてーにして付けんだよ、これ」
す、と元親の指先が示したのは、幸村の鎖骨の下に咲いた、紅。
「親ちゃん…」
「へっ、ざまーみろ。調子こいてっからだ、バーカ」
「旦那は関係ないじゃん!」
「お前にするより、何倍も効くだろ?へっへ」
「元親のバカ元親のバカ」
「ほらぁー、慶ちゃん壊れたぁ」
「知らね〜。お前らが、チンタラしてっからだ。ちったぁ、政宗くれぇ」
「はぁぁ?意味分かんね!あんな、バカムネ──…あ、二人とも寝てる」
…既に潰れていた、政宗と元就だった。
幸村は、その紅をジッと見つめていたが…
「…して元親殿…。これは、一体何故…このようなところに、わざわざ…」
その言葉に、しばし固まる三人。
そして、誰がその続きを教えてやるのかは、幸村が眠そうになるまで、話し合われたのである…。
…何やら、良い香りがする。
これは、花の匂いだ。春の、暖かな日にふわりと香る…
幸村は、その匂い一杯に包まれ、ひどく安らかな気分に満たされていた。
しかも、ずっと怖がらずにいられそうな、何か温かくて、大きなものに包まれている気もする。
…こんな安心感を得たのは、随分と久し振りのことである。
両親の、あの大好きだった笑顔が、まざまざと浮かんできそうだった。
段々と意識が浮上し、目を開けると…
(──え)
この状況は……一体。
暗闇の中、幸村はふわふわする頭をフルに働かせ、昨晩のことを思い返す。
…あの後、結局グダグダな感じのまま、政宗と元就に続いて、寝ることになったのだが。
佐助が、床に布団を敷いてくれ…自分は、ソファベッドに寝かせてもらって。──確かに一人で、だったはず。
佐助も、さすがに疲れた様子で、自分の部屋に行き…
……ともかく、これは…自分が寝ぼけて──などといった結果ではない、…はずだ。
幸村は、目の前の彼を見る。
…と言うより、正しくは視線だけやった。
何故なら、顔もろくに動かせる状態ではないので。
幸村は、いつの間に来ていたのか──慶次の逞しい腕の中に、…いた。
器用なことに、慶次はその状態のまま眠っている。
(…動けぬし…眠れぬ)
目を覚ますのではなかった、と後悔する。
(人の気も知らず、熟睡して…)
困ったように、幸村は慶次を見つめた。
仕方ない、慶次殿には悪いが、一旦起きて頂いて…
「慶次殿、…慶次殿」
起きて下され、と、何とか外に出した手で、慶次の肩を揺すってみる。
「……ん」
そう待たずに、慶次が薄目を開けたので、幸村はホッとするが、
「…!?」
──予想に反して、込められる腕の力。
「慶次殿…っ、離して下され」
「…嫌だよ。…絶対離さない」
「そんな…」
「もう……どこにも行くなよ。…てか、行かせない…」
「は…」
幸村は、目を見開いた。──何か、おかしい。
(もしや、慶次殿…)
「嫌われても……止めないよ。…今度こそ…」
と言い、再び被さりそうになる瞼。
(…寝ぼけておられる…!)
それに…
『離さない』
……誰と間違えておるのだ。
小さな怒りが沸き、幸村は、思い切り慶次の鼻をつねった。
「──いッ…?…──?」
少々やり過ぎただろうか?…再び開いた慶次の目には、うっすら涙が浮かんでいた。
「いってぇ…──何…?」
「何、じゃござらん。離して下され。…眠れませぬ」
やや憮然として言うと、
「──…ッ!?」
慶次は目を見開き、「ゆ、幸…!」
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