二日目A-3
「…慶次殿?」
静かになってしまった慶次を、幸村が不思議そうに窺う。
「──…俺じゃ……ダメだったの?」
「え?」
「俺だって、お前と仲良いつもりなのにな…。そりゃ、さっけには、敵わないのかも知れないけどさ。…まぁ、孫市に似ても似つかないし、しょーがねぇけど」
「慶次殿…?」
慶次は、チラッと幸村を見ると、小さく溜め息をついた。
「…俺だと思ってくれれば、良かったのに──…なんてさ。…俺、そんなに友達甲斐……安心感ない?」
(──何言ってんだ…意味不明だろ、これ…)
しかし、もう言ってしまったのだ、取り返しはつかない。
「……」
幸村は、驚いたように沈黙した。
…慶次の心は、ますます落ち込んでいく。
「えっと、幸…」
「そんなわけ……ござらぬ。慶次殿は、誰と比較できようもない、某の大事な…」
真っ直ぐで、暗闇でも分かるほど、透明度の高い瞳を向けた。…気のせいか、潤いすら感じさせられる、二つ。
──心の内とは逆に、慶次の胸は、ますます甘くかき回されていく。
「じゃあ……何で」
……避けるんだ?──俺の腕、だけ。
「…も、申し訳…、…その……つい、思い出してしまう、ので…」
「え…?」
「い、いつもの格好なら、…しかし、今のこの姿だと…」
「……?」
幸村は、少し怪訝な顔になる慶次を、困ったように見て、
「…先日の……慶次殿に、助けて頂いた…」
「──……」
慶次は、「あっ」と短い声を上げ、
「俺、女の子扱いしてねぇよ!?そりゃ……す、っげぇ…似合ってるって…ごめん、思っちまったけど──」
「え?」
幸村は面食らうが、
「誤解だよ……だって、俺…」
「…あ…、の……?」
突然握られた手の意図が分からず、慶次を見返す幸村。
「……幸……」
「…っ、」
熱のこもった声に、幸村の身が固まる。
「──あー、やっぱ無理。まーくんだけは、認めらんねぇ…!」
ドカッと佐助が幸村の隣に座り、慶次の手は瞬時に離れた。
(…あ…)
何故か、秘密めいたことをしていたような感覚に襲われ、幸村は、妙に緊張してしまう。
「…んじゃ、政宗以外なら考えてくれんの?おかーさま?」
慶次がいたずらっぽく言うと、
「そうだねぇ…。──ま、誰も慶ちゃんのことは、言っちゃねーけどね」
「手強い姑だよ、全く…」
いささか冗談ではない溜め息をつく、慶次である。
一方、二人の会話を一向に理解していない幸村だったが。
その必要がないほど、意識は違うことに気をとられていた。
…慶次は、自分が再びあのヒステリーを起こしたのだと、思ったらしい。
(そう──では、なくて……)
だが、どう説明すれば良いのかが、分からない。
と、言うより。
……変──だろう。このような…
再度、自分の着ている服に目をやり、
(……全て、この格好のせいだ。…早く着替えたい)
こんなことで、その顔を曇らせたくはない…
幸村は、無意識にスカートの端を、ギュッと握り締めていた。
「えーっと、慶ちゃんの光源氏賞と、就ちゃんのアレキサンダー大王賞と、旦那のベスト・オブ・ビューティー、おめでとう!」
「かーんぱーい!」
カチンカチンと、グラス同士の涼しげな音が響く。
前から予定していた通り、佐助の家で、打ち上げが行われていた。
文化祭は土日に開催されたため、その分の振替休日が、明日と明後日に設けられている。
「──佐助、これは…!」
幸村が、グラスを差し出す。…中は、ピンク色をした液体。
「え?……ちょ、貸して」
佐助はそれを一口飲むと、「──!」
すぐに、他の四人の誰ともなしに目を吊り上げ、
「誰…!?旦那にゃ、普通のって言ったじゃん…!」
「Ha〜?」
「仲間外れなんざヒデェ真似、俺にゃ〜できねぇ」
「隠すのなら、初めから我らにも出さなければ良かろう。…もう遅いわ」
「な、就ちゃぁん…」
「んな、強いモンでもねーしよ!ま、ちょっと飲んでみろって。大丈夫、誰にも言わねーから」
元親がグラスを幸村に戻すと、彼は首を傾げていたが、
「Ah〜…delicious!酌してくれよ、幸村ァ」
「しゃく?」
「主役は旦那でしょーが。…てか、あんま飲み過ぎないでよ?誰も、面倒見る気なんてないからね」
「OK、OK。そんときゃ、幸村に見てもらうからよ」
(……)
幸村は、グラスを持ったまま佐助に向き、
「佐助、…もしや、これは」
「幸村、それは酒だ。ジュースではない」
元就が、これ以上ないほどキッパリ言い──
「ちなみに全員、アルコール飲料だ。大丈夫、ここには咎める大人はいない。だいたい、大学生なんぞは未成年でも、浴びるように飲んでおる。酒の味を全く知らぬまま行くと、最初でかなりひどい目に遭うらしいぞ。
──よって、これは予行演習だ。修行だ、鍛練だ」
…と、畳み掛けるように続けた。
「な、就ちゃん…」
佐助は、恐る恐る幸村を見るが…
「…何だ。それならそうと、言ってくれれば良かったのに、佐助」
「……え」
幸村は、バツが悪そうに笑うと、
「実は、俺も最近『デビュー』しておった。…上杉先生の家に、かすがと行ったときにな…」
「あ……あの、不良教師…!」
「内密だぞ…っ?皆も、よろしくお頼み申す!」
「いーね、いーねぇ!さっすが謙信だよ」
「案外、話の分かる人だよな。酒に関してだけかも知れねーが」
慶次も元親も、嬉しそうにはしゃぎ合う。
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