二日目@-6
【〜寸劇A〜】
『ユーラお嬢様も、もうすぐ十八歳。ご両親の遺言の、婚約者を決める日まで、あとわずか。誕生パーティーで、婚約発表…。なのに、お嬢様は一向に誰も選ぼうとなさらない』
ハァ、と溜め息をつき、額に指を当てる執事マーチ。
『だって…選べないの。皆、私の良いお友達。婚約者に、なんて…考えられないのよ、マーチ』
『お嬢様のご友人──私の気に食わない、自信家だが、言うだけあって地位も金も持っているA、
愛想は皆無だが、二人といないだろう頭脳の持ち主で、将来も期待できるB、
…そして、結構な家柄のくせに、フラフラ家を出て庶民と親しくし、その話題と性格でお嬢様をいつも楽しませるC
…さぁ、誰がユーラ様にふさわしいのか…』
…どこかで聞いたことのあるような、候補者たちである。
『…分からないわ。もう貴方が決めて頂戴、マーチ』
『そんな…』
マーチは、困ったように眉を下げて、
『…本当は、分かっているんでしょう、お嬢様?』
『え?』
『…伴侶とは、一生自分の傍に──隣にいて欲しいと思える者。お嬢様が、そう思える方は…彼でしょう?』
ユーラは、しばらく考えるように黙っていたが、
『…貴方は、それで構わないの?』
『え──、』
マーチが、ドキッとしたのが伝わってくる。
…それほどに、ユーラの瞳は真っ直ぐに、きらめいている。
『ユーラ、様…』
『言っても──決めてしまっても、良いのね?マーチ』
『は……い』
と言いながら、マーチは、ひどく複雑そうな表情になる。
『後で、悔やんでも…嫌だって言っても、聞かないわよ?それでも、良いのよね…?』
ユーラの方も、何やら、眉間に皺を寄せ始めている。
『…それが、ユーラ様の幸せならば、私にとってそれ以上のことはありません。ですから』
『そう…分かったわ』
ユーラは、何かを決心したように息を吸い…
逆に、マーチは何かを覚悟するかのように、目を伏せ、細めた。
『ユーラ様…』
その目は、やはり嫌だと語ってしまっている。
『もう遅いわよ、マーチ!』
『!』
驚くマーチの顔と──大人しかった会場の沸き上がる音。
…今回は、しっかりと相手の懐に飛び込み、背中にまで腕を回したヒロイン。
『ユ、ユーラ様…!?』
『…ずっと、傍にいて欲しいのは──貴方。マーチ…』
『──ユーラ様、それは』
ユーラは、バッと顔を上げ、
『自分が執事で、今までずっと傍にいたから錯覚してるんですよ、とか、身分が違い過ぎますとか、言おうとしてる?』
『──……』
『ねぇ、マーチ…すごく愛している恋人がいたり、私のことなんて全く恋人として見られない──っていう理由以外なら、…断らないで』
『ユーラ様…』
『ごめんなさい、困らせているのは分かってるの。…でも、本当はずっと貴方を…隠していたけど──』
突然、今度はマーチがユーラを抱き返した。
切羽詰まったかのように、性急な様子で。
『…それだけは、先に言わせて下さい』
一呼吸置くと、
『…好き──です、ユーラ様。私の方が卑しくも、貴女が幼い頃から……貴女だけを』
『──…!』
『…私は何も持っていない上に、弱い人間です。──好きな女性に、自分の気持ちを堂々と言えないような。…結局、ユーラ様に言わせて頂いたような…本当に情けない男です』
『そんなことない!貴方は、優しいから。私のことを思って、ずっと悩んで──…なんて、自惚れても良いのかしら…』
おずおずと、マーチを見上げるユーラ。
普段でも攻撃力の高い上目遣いは、今その威力を、最大限に発揮している。
『自惚れて下さい。──いえ、これからは嫌でもそう思い知ることになるかと。…でも、貴女は嫌気がさすかも知れません。
…本当の私は、貴女に関しては誰よりも嫉妬深く、独占欲の強い、恐ろしいほど暗い心根の持ち主なのです。貴女とは、まるで正反対な』
ユーラは、目を丸くして、
『…すごく意外なのだけど』
マーチは、自嘲の笑みを浮かべ、
『貴女を想う気持ちも、同じくらい深いのに…どうしてもついて回るんです。…Cのように、私も…温かく貴女を包みたいのに』
『…でも、私がずっと一緒にいたいのは、貴方よ。私の前の貴方は、嘘偽りない姿よね…?』
ハッとしたように、マーチは、
『はい。…貴女といると私は、本当に…心穏やかになれるのです』
ふふ、とユーラは微笑むと、
『良かった。…私も、貴方といるときが、一番私でいられるの。嬉しいときも悲しいときも、真っ先に思い浮かぶのは、貴方。
こんな言い方はおかしいだろうけど、まるで…もう一人の自分みたいなの、貴方は。だから…』
『ああ、貴女って人は…!』
マーチは、一層腕の力を強めると、
『もう無理です。悪いけど、もう我慢できない。──好きです、ユーラ様。大っ好きです、本当に、ずっとずっと!愛しています…これからも一生、貴女だけを』
『っ、マーチ』
ボン、と赤くなるユーラ。
『信じられない、夢じゃないですよね?──あ、大丈夫だ。と言うより、ユーラ様こそ、後悔しないで下さいよ?こんな面倒な男を、選んだこと。…ま、そんな思い、させやしませんけど』
ニッコリと、どこまでも美麗な笑顔になるマーチ。
──会場の女生徒のほとんどが、見惚れていること間違いなし。
『貴方もね。…私だって、案外焼きもち妬くんだから。マーチは、どこへ行っても人気者で』
『そっくりそのまま、お返し致しますよ』
『あ……』
見つめ合う二人。…近付く顔。
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