一日目A-7


「はい、終わり〜」

長引きそうになる話を中断させるように、佐助が、蘭丸を幸村から下ろした。


「あっ、何だよー!」

初めと違って、蘭丸は大いに不満げである。


とん、と軽く着地させると、

「こっちのが、ゆっくり話せるでしょ?」


笑顔で蘭丸の頭を撫でるが、それも本心を隠したことによるもの。
とことん子供扱いして、ツブそうという気である。

「佐助、俺は構わぬのに」
「なーに言ってんの。ずっと、あの状態だったんでしょ?いくら何でもキツいって」
「普段から鍛えているのだ、これしき」
「ダーメ。そーいう油断がいけないんだよ?知らない間に、筋痛めたり、腱鞘炎になったりするもんなんだから」
「うぬ…」

過去に思い当たることでもあったのか、幸村は詰まってしまう。


「蘭丸くん、こんだけお兄さんたちがいるんだから、好きなだけやったげるよ?まず、俺様からいく?」

ニコニコと両手を広げて見せる佐助。

「OK、OK〜。俺が、『高い高い』やってやるよ」

政宗も、ニヤニヤと笑いながら、蘭丸へにじり寄る。

「ううん、もう充分!ごめんね、幸村。蘭丸、重かったでしょ?」



(んなっ…!?さっきまでと、別人じゃねーか!)


佐助と政宗は、目をむいた。
てっきり、嫌がって二人に暴言を吐くことを想定していたのに──


と言うか、それ目当てで言ったってのに、『高い高い』スルーか!やるせねぇ…

落ち込む政宗の肩を、慶次が優しく叩いた。──顔は、笑っているが。


「重くなど、ござらぬよ!いや、蘭丸殿は、背も重さも充分ですが、某鍛えておりますからな!」

任せろ、と言う風に胸を叩く幸村。


「すごいね〜、幸村。見た目そんなに可愛いのに、カッコ良いなぁー…」

「!!」

聞き捨てならない台詞に、またも過剰な反応をしてしまう四人である。


「かわ…」

幸村は苦笑いしつつ、「結局、どっちなんでござろう…」

「うーん……リバーシブル…」

決めかねる蘭丸に、そこは意見が合うようだと彼らは思った。


「…Hey、この浮気性が。オメーには、いつきがいんだろーが」

政宗が、小声で耳打ちするが、


「はぁ?だから、ただのクラスメイトだって、あいつも言ってたじゃん。てか、何?浮気性?何のこと?何で、お兄サン焦ってんの〜?蘭丸は、ただ幸村と仲良くなりたいだけなのに。ねっ?幸村」

蘭丸は、わざと大きい声で喋る。…それは、楽しそうに。

「?ああ、某も蘭丸殿たちと知り合えて、嬉しかったですぞ」
「ほらほらぁ」

「ですが、蘭丸殿…」

幸村は、少し困ったような顔で、


「いつき殿は……友達でござろう?」

「え?」


(…てか、聞こえてたのか)


政宗も、「おっ?」と思った。

あの顔は、『浮気性』がどうのこうのというのまでは、分かっていないのだろうが。


「…友達じゃないよ。蘭丸、そんなのいないし」

蘭丸は、居心地悪そうにしている。


「そんな間柄の者と、こんなところへ来ても楽しくあるはずもない……一人の方が、ずっとマシでござる。いつき殿は、蘭丸殿のことを友達と思っておられる。…あんなに、心配されて。
なかなか、おらぬと思いまするぞ?あのように明るく、真っ直ぐな」

「……」

他の者ならば、ひねくれた口答えをしているところなのだろうが、相手が幸村だからか、黙ってしまう蘭丸である。

しかし、言い返したいのではないらしく、その顔は、何か考えているかのようでもあり…


「…あいつは蘭丸と違って、友達が沢山いるんだ。蘭丸はこんなんだから、誰も寄って来ない。別に、全然良いんだけど」

蘭丸は、両手を後頭部に付けて、本当に何でもないような顔で、

「そいつらか蘭丸一人って言ったら、前者でしょ?あいつのキャラならさ。

なのにあいつ、そいつらに何も言わないで蘭丸に構うもんだから、絶対反感買ってるんだよ。大雑把ってゆーか、鈍感な奴でさ。

今日は、二人だから来たんだ、そいつらいない…し……?」


蘭丸は、頭に乗せられた幸村の手と本人を、不思議そうに見つめ返す。


「…某、蘭丸殿によく似た人を知っておりまする。──いつき殿のことを、思っておられるのですな」

「え、…違うよ」


だが、幸村は微笑んで、

「しかし、そうやって蘭丸殿も何も言わずにいつき殿を避ければ、あちらも悲しむと思いまするぞ?いつき殿のご友人の気持ちが分かる蘭丸殿なら……よく分かりまするよな?」

「だ…けど、」


「見てもいないのに、と怒るでしょうが──いつき殿のご友人たちも、蘭丸殿と話してみたいと思っているのではないか、…と。
某、今までそういう経験を、何度となくしておりますからなぁ。

実際話すまでは、相手のことなど、何一つ分からぬ。だが、一度それを越えてしまえば…。

某は、あのとき話してみて良かった、と思う相手が、何人もおりまするよ。
良くも悪くも…知らぬままより、関わる方が何倍も」


「えー…それは、幸村に見る目があったからだよ。てか、その考えどこから来たの?あいつらが、蘭丸と話したいって……ないない」

蘭丸は呆れたように言うが、


「根拠などはありませぬが……某、いつき殿は見る目があると思い申した。それに──」

幸村は、偽りのない満面の笑みで、


「もし某が同級生であれば……蘭丸殿に話しかけたい、と思っていたでしょうからな」








──サックリ





周りの四人には、蘭丸の胸に、矢が突き刺さったのが見えた。

…幸村得意の、天然ナンタラによる──…

気付かないよりは、マシだが……と言うより、気付かないわけがないが。


「…分かっ、た。…話してやって……みる」

最後の強がりは余計だが、幸村にも分かっているようで、

「うむ」

…と、それは嬉しそうに頷いた。


そんな二人の後ろでは、


「…はぁ、また余計な虫が…」
「Ha!まだガキじゃねーか。虫にもなんねーよ」
「でもあの子、俺らより積極的かも…。色々、一枚上手だし」
「子供だからこそなのか…。──その武器は、もうないしな…我らには」


…と、四人の『お兄さん』たちが、人目もはばからず、戦々恐々としていたのだった…。

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