一日目A-6
「では、こちらも早速参りましょう!蘭丸殿」
幸村が、笑顔で手を差し出すと、
「…だから、蘭丸はそんな子供じゃ」
「そうですな。いつき殿へ、行くように勧めていましたものなぁ」
「うんうん、偉い。友達思いだねぇ」
「違──友達じゃない!」
蘭丸はすぐに噛み付くが、
「…まぁ、蘭丸も信長様が出てたら、絶対に見に行きたいし。それくらいは分かるよ」
「蘭丸殿は、学園長殿が大好きなのですなぁ」
幸村は、ニコニコである。
自分の、信玄への思いと通じるところがあると見ているのだろう。
蘭丸も、信長のことを悪く言わない幸村を、表には見せないが、結構気に入ったようだ。
微笑ましい光景ではあるのだが、蘭丸がいなければ二人きりだったのか…と、つい思ってしまう慶次。
(心狭いっつーか…余裕ねぇよな、ホント)
胸の内で、自身を嘲笑する。
「──あれ?そういや……何で、幸が狼着てんの?」
今頃気付いたが、確か、虎を着ていた記憶が正しいはず…?
「あ、それが…」
幸村は慶次に、ここに来るまでのいきさつを話して聞かせた。
それを受けて慶次は…
(…そういう奴らばっかだから…余裕も、なくなるよな)
うん、当然の結果だったんだ……うん。
──と、何度も自分に言い聞かせていた…
『テイクD.A』は、本格的、かつ超人的なアクロバットで、集まった大勢の人々の目を引き付けていた。
食堂にいる佐助たちにも連絡し、こちらに来るよう誘い──
一応、皆が来るのを気にはしているのだが、幸村も慶次も、ついステージに熱中してしまいがちであった。
「すごいですなぁ!蘭丸殿、先ほどの──」
「あっもう……くっそぉ」
ブツブツ呟いていた蘭丸は、首を伸ばしたりひねったり、背伸びをしたりなど……幸村に全く気付かず、必死の形相である。
(──あ……)
…前を改めて見てみると、蘭丸よりも背の高い、生徒や大人の壁。
(しまった、今頃気付くとは…!)
可哀想なことをしてしまった、と幸村はすぐに、
「慶次殿、すみませぬが、ちょっとこれ…持って頂けまするか?」
「え?うん、全然良いけど」
慶次は、快く狼の頭を受け取る。
「蘭丸殿、」
「え?──うっ…わわッ…!?」
「ほら、首に掴まって下され」
「ちょ、ちょっ何!?何すんだよ、こんな」
蘭丸は、今までの生意気振りが吹き飛ぶほど、慌てふためいていた。
それもそのはず──幸村が、彼を突然抱き上げたからである。
右腕で蘭丸の腰から下を、左腕で胴を支え、安定力は抜群だろう。
蘭丸が、幸村の首へ腕を回せばさらにだが、しがみつくというか、抱き付くというか…
とにかく、彼にとっては恥ずかしいことこの上ないのは、間違いない。
「ほら、これでよく見えるでござろう?」
「……!」
蘭丸は、開けた視界にハッとするが、「でも、こんな格好悪い…」
「誰も見ておりませぬよ。それに、せっかくの素晴らしい技を見逃すより、マシでござる」
「そうだよ、しっかり楽しんでかなきゃ」
慶次も笑顔で、「てか、俺代わろうか?」
「いえ、心配には及びませぬよ」
「俺の方が、ちょっと見晴らし良いかもよ〜?」
「──まぁ……否定はできませぬが」
少し口を尖らせる幸村。
慶次は慌てて、
「あっ違っ…、そーいうつもりじゃ」
やや顔を赤らめ、
(…つーか、ただ羨ましかっただけなんてな…)
小学生に嫉妬って、俺…
──あまりの不甲斐なさに、笑いそうになる。
「しかし、蘭丸殿のためを思えば…。慶次殿の方が、某より遥かに大きいですからなぁ。蘭丸殿、やってもらいまするか?」
「──ううん」
蘭丸は、少し考えてから首を振った。
「こっちで良い」
「ありゃりゃ、フラれちゃったなぁ」
冗談めかして言うが、内心は面白くなさで一杯である。
だが、それからも奇想天外な催しに目を奪われ、佐助たちと落ち合えたのは、結局イベントが終わった後になった。
終了直後だったので、蘭丸を腕にした状態で出迎えたのだが──…
「抱っこ…」
「…Why…?」
「……」
元就に関しては、言葉もないらしい。
人混みのせいで、と幸村から理由を聞くと、いくらか柔らかい表情にはなった三人だが…
「じゃあ、そろそろ(とっとと)降りようか?」
「だな。幸村も、腕疲れただろ?(ガキに先越されちまった…)」
「…慶次がやるべきだったろうに(何をしておったのだ…使えぬ)」
「いや、そう言ったけど…」
「蘭丸が、こっちのがいいって言ったんだ。…ねぇ?『幸村』」
(──あ?)
四人は、聞き捨てならないというように蘭丸を見るが、彼らの鋭い雰囲気に目もくれず、未だに幸村から降りようとしない。
幸村も幸村で、初めて名前を呼ばれたことに感激している始末。
蘭丸は、そんな幸村を嬉しそうに見直し、再び抱き付き返すと──
「…何か、幸村って…すっごくイイ匂いするね」
と、幸村の首元に顔を近付ける。
「──!?」
(それ以上、密着すんなァァッ!)
…と、毒づいていたのは、もれなく四人全員。
「(元就殿と同じようなことを…)そうでござるか…?自分では、分かりませぬが」
「うん、…お菓子みたいな。甘くて、美味しそう」
──ブハッ!!
…子供ながらの無邪気で危険な表現に、あらぬ想像をしてしまったのは、約何名か。
「某、甘いものが大好物なもので……嗅げなくて、残念」
「蘭丸もだよ!お菓子大好き!一番は金平糖で、よくツッコまれるけど」
「某は、団子が一番でしてな。渋いなどと笑われまするよ」
「そうなんだ〜。蘭丸、美味しいとこ知ってるよ!」
加えて、どこどこの店のお菓子がオススメだの、今度一緒に行こうよ!あ、幸村の家に遊びに行っても良い?──…
…などと、呆気にとられる四人を尻目に、誰よりも積極的なアプローチ(…彼らの濁ったフィルター越しにはそう見える)を行う蘭丸。
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