夕焼け3
「――どうだったよ、初乗りは?」
ヘルメットを取り、頭を少し振った政宗が尋ねる。
「最高でござる!」
本当に、この一言に尽きない――幸村は、最上級の笑顔とともに答えた。
「OK、良い答えだ」
政宗も、ニッと笑った。
展望公園には、レンガ敷きの広く丸いスペースがあり、教会の扉のようなアーチ型のオブジェと、座ることもできる円柱型の石が等間隔に立てられている。
オブジェにはステンドグラス、レンガの隙間には、柔らかい色の付いた小さなライトがいくつも埋め込まれ……夜になれば、さぞロマンチックな情景へと変わるのが、想像できた。
各自、石や、レンガの階段調になっているところへ腰を掛け、眼下に広がる海を眺める。
「後ろ、怖くなかったか?」
階段の方に一人座っていた幸村の隣へ、政宗も同様の体勢になった。
「いえ…」
後ろを向くと、佐助は元親と元就と離れた場所におり、幸村は肩透かしを食らったような気分になる。
小十郎は、コーヒーを飲みながら一息ついているようだ。
――皆、どこか……
何だか、政宗を避けているような。
…と言うより、気を遣っている…?
「……お前の親って――」
「え?」
政宗は、ためらいがちに、
「悪ィ。――事故って…車の?」
「あ……はい」
そういえば詳しく言った覚えがなかったな、と幸村は頭の中で呟く。
「そうか…」
政宗はポツリと言い、
「何か無理に乗せちまったけど…お前、喜んでくれて良かった」
「そんな」
幸村は言いかけて、
(…あ、それで…)
怖くはなかったか、と。
「事故のことは、某は幼かったのでよく覚えておりませぬから…。両親の車ではありませんでしたしな。……気を遣わせて、申し訳ござらぬ」
「いや、んなつもりじゃ…」
幸村は、再びあの笑顔を見せ、
「本当に気持ち良かった!バイクも格好良いし、政宗殿にお似合いでござるよ!」
「……!――Thank you」
政宗は照れを隠すように、
「俺よ……あいつらはああ言うけど、結構運転マナー気を付けてっから。スピードだって……マニュアル過ぎて、ダセェのかも知んねーが」
「ダサくなどありませぬ。これからも、安全第一でお頼み申す」
「……OK」
「慎重過ぎて悪いことなど、ありますまい。御身に何かあれば、お父上や片倉先生が、どれほど悲しまれるか。…もちろん、某たちも」
「――ああ」
意外に大人しく頷く政宗に、幸村はハッと、
「す、すみませぬ…!何やら説教臭いことを」
「いーんだよ」
政宗は笑い、「…言われたかったんだから」
「――……」
幸村は、そのまま空を見上げる政宗の横顔を、目で追った。
――空は、橙色から濃い蒼色へと変わっている。
「――政宗殿の色ですな」
「What……?」
「お好きなのでしょう?……それに、政宗殿には、あの色がよく似合いまする」
「……」
政宗は黙っていたが、「――なあ」
「はい?」
「……俺に何かあったら、親父や小十郎や、お前…らが悲しむのは、何でなんだ?」
幸村は、びっくりしたように、
「何を……分かり切ったことを」
だが、政宗は左目を向け、
「――言ってくれよ」
その瞳は、失われた方の光までもを放っているのか。……見る者を捉えて離さない、強い力が秘められた、漆黒の深淵。
しかし、どこか遠くを見て揺らめいているようにも――幸村には思えた。
「それは……」
幸村は、その瞳を真っ直ぐ見返し、
「愛しているから――政宗殿を」
「――…ッッ!?」
「お父上も片倉先生も、政宗殿のことを愛しておられるからに決まっている。大切なのですよ、政宗殿が…。某たちも、政宗殿がいなくなれば……寂しいし悲しい。想像すらしたくありませぬ。政宗殿の代わりなど――いや、皆だって。誰一人とて、失いたくない。某は……」
――薄情かも知れぬ。…あれだけ大切に思っていた両親よりも、今は……
幸村は、気付いてしまった自分の心情の変化に、軽いショックを受けていた。…が、不思議とそこまで受け入れがたいものではなかった、という事実にこそ驚いていた。
「ですから、政宗殿…」
「Shit……!俺の、大馬鹿野郎…ッ」
何故か政宗は頭を抱え、項垂れている。
「政宗殿?」
「何で録音しとかなかった…!Ah〜……」
「え?」
ガバッと顔を上げ、
「Sorry、もっぺん言ってくれねぇか…!?親父と小十郎は、俺のことを――何だって……っ!?」
恐ろしいほどの剣幕に幸村は圧され、
「は……あ。えぇと……愛」
「はいはーい、失礼しま〜す」
――今度こそ、いつもの日常風景。
後ろから、二人の間を割るように入って来た佐助。
「まーくん?その手のケータイは、何のつもりなのかな?」
笑顔だが、バックに黒いものを漂わせ、とてつもなくおどろおどろしい。
「…何でもねぇよ」
チッ、とあからさまに舌打ちする政宗。
「片倉さん、呼んでるよ」
そう言うと、ブツブツ文句を叩きつつも彼の元へ行くのは、仕方のない習性なのだろう。
「――まー、嬉しそうな顔しちゃって」
佐助は苦笑した。
「…そうだったか?」
「そりゃもう。旦那の言葉が、相当効いたんだろーね」
「そんなこと…」
あっ、と幸村は声を上げ、「佐助、盗み聞きしたな…」
「いやいや、不可抗力!俺様、超耳が良いんだってば」
少し責めるような顔の幸村に、ごめんごめんと謝る。
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