夕焼け2
「それは、恐らく……お前に心を許しているから――友人として。だから、つい出てしまう……とかでは」
元就が、少し気が引けるような面持ちで言った。――本当は、その真意を分かっているだけに、幸村に嘘をついているような気になってしまうので。
だが、元就も…佐助も、自分をも騙すくらいの思いで、気付かない振りをすることに決めた…。
「――!そう思って…良いのでしょうか?」
「ああ…」
…心を許している――には違いないのだし。
「お二人は…」
幸村は、紙コップの中のジュースに目を落としたまま、
「ご存知なのですか?」
「何を?」
不思議そうに聞き返され、幸村は少し頬を染める。
だが、小さく息をつき、
「慶次殿が……想いを寄せる……」
「さあ。全然分かんない」
「……」
元就は、佐助の中のさっきまではあったはずの罪悪感が、幸村のこの一言により消え去ったことを即座に悟った。
今やもう、慶次の想い人など(佐助の気持ち的に『など』)に少しでも興味を持たれたことへの嫉妬に、すっかり染まってしまっているのだろう。
「…そうか。――どんな人なのだろうな、慶次殿がそこまで想うような…」
「何、旦那そんなに知りたいの?慶ちゃんの好きな人」
「いや…ふと思っただけで」
「ダメだよ〜?他人の恋する相手に興味持つなんて。馬に蹴られて、大変なことになっちゃうよ?」
「なっ……!」
幸村は慌てて、「ち、違う!俺は、そんな意味で言ったんじゃないっ!」
元就は、今度こそ舌を巻いた。
よくぞここまで、とぼけた振りができるものだ…
「元就殿、違いまする…!」
焦る幸村を落ち着かせるように、
「大丈夫だ、分かっておる。…確かに、気になることではあるが」
ジロッと睨む佐助の目は、視界に入れない。
「慶次の意思を尊重して……向こうから言い出すまでは、詮索しないでおこうぞ」
「あ、はい…!。もちろん、本人に尋ねたりはしておりませぬのでっ!」
……自分も大概だ。
元就は、幸村の反省するような顔に心が痛みながらも、ホッとする気持ちの方が断然強いことを自覚する。
佐助と目が合うと、彼はひどく嘲るような表情をしていたが、それは彼自身へも向けられたものにも違いなく――
きっと、自分も同じ顔をしているのだろう。……元就は思った。
「――あ、政宗たち着いたみたい。行こ」
三人は、門の方へ向かった。
(…俺は、何を考えていたのだろう)
幸村は、中庭のベンチを離れたときから、自分でもよく分からない恥ずかしさと気まずさと、焦りと後悔という、混乱した気持ちに見舞われていた。
……下世話な質問だった。
佐助と元就殿は、きっと呆れているに違いない。――もう、二度と口にはするまい。
慶次殿の想う人を詮索するなど…
(――しかし…)
確か、佐助は以前しつこく慶次殿から聞き出そうとしてやいなかったか…?
…あのときとは、まるで逆の立場ではないか。
何か釈然としないものが浮かんできたが、元就の言葉を思い出せば、やはり良くないことだと落ち込む。
(…佐助も、後で同じように省みたのかも知れぬな…)
学園から少し歩いたところにある図書館の駐車場で、私服に変わった政宗、元親、そして何と小十郎までもが、幸村たちを出迎えた。
終業後、小十郎は自分たちよりも早く帰宅していたらしい。
今日は、中間試験最終日なので早めには終わったのだが、政宗と元親が急いで帰った理由も、これで合点がいく。
――三人の脇には、バイクが停まっていた。
四百CCのものらしく、なかなかに大きい。
彼らが跨がると、それぞれによく似合い、実に格好が良かった。
二人は、既に十六歳になっていた去年の夏休みに普通二輪の免許を取り、小十郎という先輩のもと、よくツーリングをやっていたとのこと。
免許取得から一年が過ぎたので、タンデム走行が最近ようやく解禁されたのだとか…
人数も合うので、三人を乗せてちょっとどこぞへでも――という話になった次第で。
「Hey、幸村!俺の後ろに乗りな。安全運転してやっからよ」
(…政宗殿、何やらいつも以上に楽しそうでござるな…)
その顔を見ていると、さっきまで抱えていたスッキリしない気分が、すーっと消えていくように幸村は感じた。
そして、無性に政宗の言う通りにし、初めて乗るバイクに心を踊らせたくなってきた。
だが、こういう場合、決まって佐助が…
「政宗、マジで頼むよ?旦那落とさないでよね」
――意外だった。
何となく、「政宗の後ろなんて、絶対ダメ!」などと言われる気がしていたのだが。
ただ、自身を安定させるためにどうすれば良いものか迷っていると、政宗は自分の腰に手を回せと言い、佐助はそんな必要はない、肩に乗せるだけで充分だと主張し…
抱き付かれた方が安定すんだよボケ、旦那が乗ってやるだけでもありがたく思いなバカ、だのと言い争いを始めた頃には、いつもの二人だと、幸村はどこか安心までしていた。
元親の後ろに佐助、小十郎の後ろが元就に決まり、小十郎が先頭を行く。
政宗のバイクは真ん中だ。
スピードが出てきたときの、思った以上の身体に受ける風の強さに、幸村の手が少し汗ばむ。
前方を見ると、元就が小十郎の腰に手を回しているのが目に入ったので、結局幸村もそうすることにした。
政宗が左から顔だけチラッと振り返り、幸村はバツの悪い顔をするが、彼の左目は珍しくも、優しく微笑んでいた。
エンジン音で、どうせ声は届かない。
幸村も感謝するように笑み、今度は遠慮なくしがみ付かせてもらう。
近付いてみると、広く安心できる背中。
手の汗も退いていき、爽快な風を楽しむゆとりが生まれ始める。
――気持ち良い!
街中を抜け、車通りの少ない道に出ると、左手に海が見えてきた。
ちょうど夕焼けの頃で、オレンジに染まった海が果てなく美しい。
小十郎のバイクが少し広めの展望公園に入ったので、他二台も後に続いた。
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