実地試験!6
「ごめんなー、お待たせー!」
後ろからぐい、と引かれたかと思うと、幸村の肩と腕から二人が離れた。
振り返ると、二人はその背後に立つ人物に肩を掴まれ、一瞬怯んだようだが、
「……んだァ?」
とすぐに殺気立つ。
そこには、幸村へ媚びていた影も形もない。
「誰だよ?待ってねーし、テメーなんか」
だが、自分たちよりも遥かに長身で、ガタイの良いその人物に見下ろされ、少なからず詰まっている様子。
「俺も、アンタらと待ち合わせた覚えねぇし。…その子と約束してたの、俺だから。悪いけど」
「…っああ、」
ちっ、と言い残し、二人は睨みながら去って行った。
…幸村には、惜しそうな顔を向け。
だが幸村は、そんなことにはまるで気付いていない。
ただ目を丸くして、自分を助けてくれた彼を見ていた。
…本日、二度目の偶然。
(……慶次殿……)
軽く混乱していた。
『約束』……
──では、やはり慶次殿が…?
いや、しかしそれでは、かすがが言っていたことと食い違う。
向こうは、今の俺を知らない人物…
どう話しかければ良いのか、しばらく固まっていると、
「…大丈夫?」
心配そうに見てくる慶次の顔。
「え、あ…」
どうする、何と返せば──?
「すっげー、しつこかったな。気を付けないと、あーいうのは」
「あ……はい……」
どうやら、やはり慶次は分かっていないようだ…。
とするとつまり、純粋に困っていた自分を、助けてくれたということで──
「あの、あり」
「ったく、あんたも自覚しなきゃ。見てて、相当じれったかったって。あんなのに、いちいち丁寧に答えちゃってさー。
あれじゃ、あんな奴らは、すぐ良いようにとっちまうよ?」
「は……あの」
「あんた、別嬪さんなんだからさぁ…もっとこう、危機感持たなきゃ」
はー…と、やや呆れたような口調と溜め息。
…幸村は、どうしてか……恥ずかしさと悔しさと、
──とにかく、よく分からない感情に襲われる。
(……何も知らぬくせに……)
俺が……どれほど、努力したことなど。
仕方ないじゃないか、そんなもの──分からなかったのだから。
…分かろうたって、自分は男なのだし。
さっきだって、あんな輩など…
「…一応は、お礼申し上げます」
「『一応』って…。──もしかして、俺…余計なことした?」
「…あれくらいの相手、充分倒せ──いえ、振り切れました。腕には自信がありますので」
「あ──あ…そう」
慶次はホッと息をつき、
「びっくりした。…本当は、奴らと一緒に行きたかったのかと思った」
「なッ」
ムカッとなる幸村だったが、慌てて慶次は、
「ウソ。…ごめん」
と、中折れ帽に手を軽く置いた。…ポンポン、となだめすかせるように。
幸村の頭を、よく撫でる慶次だが──
口を尖らせながらも、悪い気はしていなかった…ので。
(誰にでも……するのだな)
幸村の胸に、感じたことのない何かが湧いた。
「ただ、あまりにも無防備だったもんだからさ…」
……プチッ、という音が聞こえた。
「…俺は、女じゃない。──そのような配慮など」
ボソリと出てしまった言葉。
慶次の、「えっ」という驚いた声が耳に入ったが、もう気にかける余裕などない。
「無防備…?普通にしていただけだ。クラブ…とか、イベントとか、意味が分からぬし。そんな…意図など知らぬ、分かるはずもない。──それでも」
湧き上がる何かを、グッと堪え、
「努めて、来たのだ…っ!優…勝する、ため。俺なりに、必死で…!」
慶次を見上げると、彼は困惑したような──たじろいだ顔になっている。
幸村は、帽子を取り、
「何も知らぬくせに!俺だと分からなかったくせに…!あんなに、いつも一緒にいたのに…っ」
わけが分からず、目頭が熱くなってくる。
……自分は、何だ。
──何だ、この自分は?
一体、何に苛ついている?
気付かれなかったことに?
映画館で声をかけてもらい、喜んだ自分に?
助けてもらって、本当は嬉しかったことに?
……違う。
何しろ、めちゃくちゃなことを言っている。
努力した結果、気付かれなかったのなら、それはむしろ喜ぶべきことであるのに。
話しかけられたり、助けられたりして嬉しかったのは否定しないが、それは本当の自分になされたものではないことが…何故か、引っ掛かって。
だが、当たり散らすように言ってしまった、本当の理由は…
一番……問い詰めたかったのは。
──その、瞳……だ。
頭を撫でるのと同じで、誰にでも向けるのか…それを。
自分が、こんな格好をしているからなのか?
慶次殿のその瞳は、想う唯一人のためのものではないのか…?
何故──見ず知らずの、今の自分にもそれを見せるのだ…
つまり、自分は慶次を不誠実か何かだとでも、言いたいのだろうか…?
──よく分からないが、とにかく、腹立ちの本当の原因はそこらしい。
…言えないものだから、こんなわけの分からない八つ当たりを、罪のない慶次にしてしまった。
幸村の顔色は、段々悪くなっていく。
「ゆき…」
さすがにムッとしているだろうな、と慶次を見直すと、
──な…
今度は、幸村がギクリとする番だった。
…見つめ返す慶次の瞳は、これまでにないほどに熱く──幸村を凍り付かせる。
幸村の手を掴み、突然走り出し、
(なっ…に──…?)
そのまま、人影のない場所に引っ張られ、力強く抱き締められた。
ぎゅうぎゅうと、幸村でも苦しさに耐えられなくなりそうなくらいの…
…いや、よく見てみると、そこまで力任せにされていない。
苦しいのは、単に自分の心臓のみ。
恐らく、急に走ったからだ。
それと──何故か、慶次がひどく辛そうに、その顔を歪めていたからだ…
「慶次殿…?」
「ごめん、幸!違うんだ、騙してごめん!」
「……え?」
(騙…?)
慶次殿は、何を…
「俺が、分からないわけないだろ?分かってたよ、最初っから。一目見たときから、お前だって」
「え──、…は…?」
「知ってたよ、だってさ…」
慶次は非常に言いにくそうに、
「俺なんだよ、かすがちゃんに頼まれたの…。実は…朝からお前の後、尾けてた」
「は…」
な、……
(何ィィィーッ!?)
あんぐり口を開け、呆然とする幸村。
「うん、ホントごめん。後で好きなだけ殴って?」
「な…そな…」
はわわわ、と、先ほどまでの怒りのようなものがすっかり冷えてしまう幸村である。
(…では、今までの醜態が全て…!)
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