実地試験!5


映画は、文句なしに面白かった。

これならば、正規の値段で観ても何ら惜しくはない。
あの店員には、感謝ものである。

余韻に浸ってスタッフロールまで観てしまい、気が付くと明るくなっていた。


右を見ると、慶次が立とうとしたところで、


──目が合った。


と言うか……失念していた。

…慶次は、自分を他人だと思っていることを。


(しまった…──だが…)





ああ──何と、もどかしい…!



この映画、きっと慶次殿も気に入ったに違いないのに!



たまに右を見ると、子供のように輝く目で、スクリーンに釘付けになっていた彼。
そして、自分と同じところで、同じような表情になる。

同じ感想を抱いているのだろうと思うと、嬉しくて楽しくて。


言いたい。……話したい。


あのシーンが凄かったとか、あれはどう思ったかとか、とにかく──



(話したい、慶次殿…!)



つい勢い良く腰を上げると、膝に乗せていた袋が落ちてしまう。

慌てて拾い上げようとすると、



「──はい」

と慶次が、自分より長い腕を伸ばし、サッと手渡してくれた。


「あ……ありがとうございます」

口から出たのは他人行儀な謝礼。



(……もう、今さら言い出せぬ……)



自分でもはっきり分かるほど、沈んでいく気持ちに、幸村は不思議な思いに駆られる。


騙している気分と言うか…何なのだろう、この重苦しいものは。


いや…実際、騙しているのか?

せっかく偶然にもこうして…。



──なのに、自分だと言えないなんて。




「映画…」


「えっ?」


慶次がポツリと言ったのを、幸村は、驚いた顔で聞き返す。

彼は、あの笑顔で、


「映画、面白かったね」


と一言残し、幸村に背を向け出口に向かう。



「あ──はい!」

思わず、大きい声で返事してしまい口を押さえるが、慶次はチラッと振り向いて、温かく微笑んだ。


その姿が見えなくなるまで、ボーッと突っ立っていた幸村だったが…

──どうしようもない嬉しさが込み上がり、つい口元を緩めてしまう。


バッグと袋を手に、



(明日、知らぬ振りをしたまま──映画の感想を話して、沢山…)



と、それはワクワクした顔で、出口に向かうのだった…














──六時五分前。


駅前は、行き交う人々で一杯である。

幸村は、一番目立つだろう、広場の中央モニュメントの傍に立っていた。
まだ真っ暗まではいかないが、ポツポツ点いたライトの光が、目立つほどにはなっている。

しかし、辺りを見渡しても、自分の知り合いの姿が見当たらない。


(あの二人か、慶次殿のことではなかったのか…)


六時過ぎに来るのだろうか、と思っていると、時計台から綺麗な音楽が流れ出す。

カラクリ仕立ての大時計で、絵本の世界をモチーフにしており、ちょっとした名物的な存在なのだ。
一時間ごとに違う曲、違うストーリーが展開する。

あまり見たことのなかった幸村は、つい没頭するように見入ってしまっていた。



「ねぇねぇ」


ハッとその声に振り向くと、見知らぬ男二人組。
高校生には見えない。恐らく、大学生か何かか。


「……?」

キョロキョロと周りを見るが、彼らに反応している人間はいない。
と言うか、思い違いでなければ、二人は自分を見ているような…


すると、一人が「ブッ」と吹き出し、


「いやいや、君キミ。ごめん、驚かせて」

プププ、と笑いを押さえるように覗き込んでくる。


…二人とも、幸村より背が高い。──佐助や、政宗くらいといったところだろう。


「いえ…。あの、失礼ですが…」

一体、何の用だろうと不思議に思っていると、


「うわ、超礼儀正しいんだ。ビックリ」

「いいね〜そのギャップ!──ねぇ、今からそこの『R』って店でイベントやるんだけどさ、良かったら一緒に行かない?」


二人とも、人好きのする笑顔を惜しみなく向けてくる。

だが、当然幸村には、何のことか全く理解できていない。


「R…イベント…?」
「うん。すぐそこの、新しくできたライブハウス。君、高校生?」
「はい」

「だったら、ちょうど良いよ。今日のイベント、そんくらいのコにすげー人気のあるヤツなんだ。もしかしたら、知り合い来てっかもよ?」
「友達とかにも広めて欲しいからさ〜、試しに」
「あ、でも…すみません、人と約束をしていて…。せっかくですが」

馬鹿丁寧に頭を下げる幸村だったが、二人は諦めず、


「っつっても、君もう一時間くらい待ってるでしょ?」

──まあ、それは映画の後することも見つからず、早めに足を運んでいたせいなのだが。


「約束は六時で…」
「過ぎてるよ?」

男たちは、皮肉めいた笑い方になり、


「んなルーズな奴放っといてさ、行こうよ。メールしてたら良いじゃん?Rにいるって」

「君みたいな可愛いコ待たせるなんて、よっぽどの色男なんだね〜彼氏」

「彼氏では…っ。とにかく、お断り致します」

その口振りに何故かムッとしてしまい、眉をひそめてしまった幸村だったが、


「…うーわ、その顔もイイね。ヤベ」
「彼氏じゃないなら、いーじゃん。ねっ?」

野生の勘、というものが働いたのだろうか。
幸村は、この二人が優しげな外見通りの人間ではなさそうだと──ようやくだが──悟った。

しまいには、腕を掴んでくる始末。


(この──何と、しつこい…!)


片方の手で少し捻ってやろうとすると、


「な…っ」


もう一人の男に、掴まれた。

しかも、何かの体術をやっていたに違いない──結構な力で、握ってくる。


(──つぅ…)


幸村は、片目をつむった。


…これが、本当の女子ならあまりの仕打ちだ。

加減の仕方も、分からぬのか──


ますます嫌な気分になる。



「きっと楽しいから……ね」


…笑ってはいるが、目は違う。

じっとりと舐めるようなその光に、幸村は寒気がした。

さらに肩まで抱いてくるので、心の底から何かが込み上げ、爆発までカウントゼロ。


……息を吸い込む。

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