実地試験!4
映画は、三時前からのものがあったので、それに決め、先にチケットを買っておいた。
割引き券で相当安値になり、申し訳ない気になったが、あの店員は今の自分にくれたのだ、本当の自分が使うよりかはマシだろう──と、ありがたく使わせてもらうことにする。
時間が来るまでモール内をブラついていると、レディス物の店に入るのも慣れてきた。
メンズ物も置いてある店が、多いせいなのかも知れないが…
──テイストが、メンズライクだからというのもあるのか。
幸村でも、普通に身に着けたいと思うアイテムが沢山あって楽しめた。
今の自分にも似合うなこれ、などと思ってはハッとしたり…。
結局は、かすがに似合いそうな物ばかりに目がいって、自分もいい加減、妹バカだなと呆れたのだが。
(……あ)
ふと、それを手に取ると、
「それ、可愛いですよね〜」
と、愛想の良い女性店員から話しかけられた。
押し付けがましくない感じの良い笑顔で、幸村もすぐにホッとした表情になる。
「絶対、お似合いだと思います」
「あ、私……じゃなくて」
「贈り物ですか?」
その言葉に少し考えるような顔をする幸村だが、
「あの、これって……男の人が使うと…変ですか?」
ああ──と、店員はまた笑顔になり、
「そんなことないですよ!これ、どちらでもイケますよ〜。むしろ、男性がしてたら、さり気に可愛くてオシャレですし。
…彼氏さんに、プレゼントですか?」
「か、彼氏ではないです」
それこそ微妙な気持ちになり、眉を下げて笑う幸村だった。
他にも、かすがが好きそうな物が沢山見られる店内だったので、気の良い店員に甘えて色々案内してもらった。
「お客さんって、何かされてらっしゃるんですか?もしかして、モデルとか」
からかうようでもない店員の顔に幸村は目を見張り、
「まさか。ただの…高校生です」
「そうなんですか?──いえ、すごく可愛いし、背が高くて小顔だから…」
「そ、そんな…」
自分には、到底彼女の方が可愛くて女らしく見えるというのに、そんな相手から言われると、またもや赤面してしまい焦る幸村である。
「私、肩幅ありますし。それで、顔が小さく見えるだけですよ…」
「ええっ?全っ然そんなことないですよ?」
しかし、そのフォローは男としては、傷付くものだった…
「外人さんみたいにスラッとした体型に、童顔って…。かなりオイシイですよ?そのアンバランスさが、素敵過ぎです」
うっとりした目は、初めて女装したときの女子の皆を思い出させるものがある。
「彼氏がいないなんて、びっくりです!…気を付けて下さいね?世の中、変な男もいたりしますから」
私なんて、そんなのにも声かけられませんけど〜、と冗談っぽく笑う姿は、やはり好感が持てるもので、幸村も釣られたように微笑む。
その笑顔を、彼女は「ヤバいです」とか、「一瞬、目眩しました」などと言い、幸村の首をひねらせた…。
「ありがとうございました。また、お越し下さいませ」
最後の言葉には、応えることができないので心が痛むが、かすがにこの店を必ず紹介しておきますので…という気持ちで、手を合わせる。
その手には、買った物が入った袋を提げて、幸村は再びシネマホールへと向かった。
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(そういえば、映画なんて久し振りだな…)
飲み物だけ買って席に着くと、やはり休日だけあってか、客で一杯だった。
(トイレは、悪いと思いつつ、身障者用のものを利用させてもらった次第である)
幸村の両隣は空いていて、これは気にせず観られるかも知れぬ…と思っていると、始まる直前くらいで右隣が埋まったので、少々残念に思う。
チラッと、肘掛けに置かれた手を見ると、大きくてどこか見覚えのあるような…
座った際に、陰った気がしたのは──相当、背の高い方か。
あまり首を動かさず、横目だけで隣を見上げてみると…
「──……!」
──即座に、バッと視線を正面に戻した。
(な、な、何故……ッ!?)
どうして……慶次殿がここに──?
混乱する幸村だが──どうやら慶次は、全く自分に気が付いていないようである。
(…そういえば…)
慶次は、あの日バイトで先に帰り、彼だけ自分の女装姿を見ていないのだ──ということを思い出す。
(そうか……俺だと分かっていないのだな…)
…それにしても、恐ろしい偶然である。
同じ映画を見るにしても、まさか…席が、隣になるなんて。
こんなところで、「実は俺でした」などと話しかければ、慶次殿のことだ、大声で笑い出して、止まらなくなるかも…
それなら、映画の終わった後で…
──いや、もしかすると、かすがが呼んだのは、慶次殿だという可能性もあるわけか…?
幸村は、やはり六時までは知らない振りだ、と考え直す。
しかし、慶次殿が一人で映画を観るという趣味があったとは…
人は見かけによらぬものだな、と思いながら飲み物を取ろうとすると、
「あ…」
少し動いた慶次の左手の甲が、自分の右手に当たった。
「あっ──ごめんよッ」
慶次は慌てて謝ったが、その目は伏せられていたのでよく見えない。
「い、いえ、こちらこそ…っ」
──異様なまでの、緊張感。
…やはり、バラしてしまいたい。
と思ったところで、場内の明かりがダウンした。
左隣は、空席のまま。
…幸村は、飲み物を右ではなく、左のスタンドへ置いた。
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