実地試験!3
(…バレていないだろうか)
やはり不安になった幸村は、その一画にあった壁面のミラーをチラリと窺った。
目の前にいたのは、ハイカットのスニーカー、カーキ色の細身のカーゴパンツに、ゆったりしたグレーのTシャツと黒のカーディガン、首から胸にかけて黒やベージュの入った柄物ストールを下げ、立っている自分。
Tシャツやストールはユニセックスなデザインなので、普段の自分が着ていても何ら違和感のない服装だろう。
だが、今の自分は…
首から上を見てみると、ふわふわのウェーブが綺麗にかかった長い髪に、頭には中折れハット。
被っていると、もっとそれらしく見えるし、顔が少し影になり安心する。
その顔には、髪と同じくかすがから施された化粧が軽くなされ、やはり複雑な思いがしてくるが、試しに他人の如く見てみると、とりあえず男の面影は皆無である。
恐らく、不自然でもなく…女に見える、はず。
少し背のことが気になるが、女性はヒールのある靴を履くと自分と同じくらいの高さも珍しくはないのだな、と気付かされホッとしていた。
『…胸がない』
と、かすがにスポーツブラ的なものを着けられようとしたところを必死に抵抗し、このストールを巻くことで、ようやく許された。
『本番は、服の下に詰めるからな』
真面目な──と言うより、拒否など一切受ける気のない顔で言われれば、観念するしかなかった幸村だが…
しかし、当日はその時間のみ我慢すれば良いのだし、他にも自分と同じ気持ちの仲間が大勢いるのだ。
肩に掛けた大きめのバッグも、少しは華奢に見せるのに、一役買っている。大したものは入ってはいないので、軽いものだが。
散々女らしい歩き方、笑い方、高めの声の出し方などを指導され、エステにも何度か連れて行かされ…。
我ながら、よくぞここまで習得できたものだと褒めてやりたい。
今の自分が自然に見えるのは、これまでの努力があってこそだ。
──さて。
…本日は、実地訓練。
『この格好で、一日女の子の気分を味わってくること』
女の子が好きそうな店を回って、実際の仕草などを学んで来いとのお達しだ。
そして、夕方六時に駅前に行き、最終試験。
誰かは教えてくれなかったのだが、その時間に、かすがは『ある人物』を呼んだのだという。
幸村もよく知るその人物が、彼だと全く気付かなければ合格なんだとか。
幸村の予想では信玄か謙信なのだが、前者であれば、とにかく気付かれたくない──五分くらいで、即刻かすがに連絡しようと思っている。
『ナンパされたらポイント加算』
…本気で言っているのだろうか、と呆気にとられた幸村だったが、かすがは笑いもしない。
むしろ、あり得る事柄だと思っているようで、どこまで兄バカなんだと、そんな妹を苦笑するしかなかった。
とりあえず、メンズ物の少ない大型デパートに足を運んでいたが…
昼前になり、既にもう空腹状態。
──腹が減っては、戦ができぬ。
フードスペースに行き、何を食べようか…と考えつつ歩いていると、
(うおぉぉぉ…!)
もちろん、声には出さなかったが──
幸村を興奮させたのは、
『スウィーツバイキング』
…の、文字。
中は白を基調とした造りで、様々な色鮮やかなミニサイズのケーキや、中央にはチョコレートフォンデュのタワー、プチシュークリームがくっ付いたケーキのツリー、同じくマカロン、ビスケットのタワー。
…洋菓子だけでなく、和菓子まで。
さらに、口直しに簡単なカフェフードもある。
値段も、そこまで高いというものでもない。
店内はほとんどが女の子で、カップルもちらほら。
(…女子を学ぶのに、最適な場所ではないか…!)
と、大義名分を掲げ、幸村はウキウキとしながら入店する。
その笑顔は、どこからどう見ても、甘いもの好きの可愛い女の子でしかない。
(ああ──至福…!)
きちんと女の子らしく内股気味に座り、少しずつ食べる努力をする。
周りの女の子たちをこそっと眺めていると、本当に楽しそうに食べていたり、話に花を咲かせていたり…。
聞こえてくるのは、「コレ、可愛〜い」「超美味しそう!」「ね、コレも食べてみて?」「あ〜、幸せー…!」──などなど。
自分も、充分会話に入れそうだ…と思う幸村だった。
そして、スウィーツ以外になると、ポンポン会話が飛び交うように変化し、賑やかさを見せる。
女性特有のものなのだろうが、それはどこか、佐助や慶次を彷彿させるものがあり、彼らなら彼女たちの流れについて行けそうだ、という思いが浮かんだ。
たっぷり時間をかけて食べ、別料金の軽食ものを注文しに並ぶと、
「ただいま、キャンペーン中で」
と、映画の割引きチケットを手渡された。
そんな告知が見当たらなかったので、少々戸惑ってしまう。──しかも、目の前の店員が、自分のポケットから取り出したような…?
「え──」
チケットと、その男性店員を見比べると、
「お客さん可愛いんで。サービスです」
ニコッと笑顔で返される。
「でも、あの」
自分は男だと主張したいのを抑えると、もどかしさか何か分からない感情で、顔が熱くなってしまう。
「……かーわいー…」
店員はクスクスと、「…またのご来店、お待ちしてます」
同性が見ても爽やかな笑顔で、幸村の注文したものを手渡した。
やっとの思いで礼と会釈をした幸村は、とにかく急いで食べて店を後にする。
──妙に緊張した…!
店を出てからも、まだ驚いている頭や心臓を落ち着かせようと必死である。
(あれは……ナンパの内に入るのだろうか…?)
ナンパとは、声をかけられることだと言っていた気がするが、そういえば詳しく聞いていなかった…
映画のチケットを見てみると、今話題のアクションもの。
思わず、得したな…と思ってしまう幸村。
ここから近いショッピングモールに、シネマホールがある。
(…映画は、女子も見る…)
二時間は潰せる!とほくそ笑み、勇んで歩き出す。
「ねぇ──」
後ろで人の声がした気がし、自分のことだろうか、と振り返ったが、
……誰もいなかった。
(気のせいか…)
そう思い直し、幸村は再び歩を進めるのだった。
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