見えない調味料5
「ないない、あるわけない!…旦那はホント、あっまいなぁ…俺様に」
『──あまり甘やかすと、付け上がる一方だ──』
…あの、三成の声が聞こえてきそうだ。
「いや…分かるからな」
幸村は視線を下にし、
「俺も小さい頃、まるで現実のような…怖い夢を、よく見ていてな…。…目覚めても、悲しくてたまらなくて。しょっちゅう、両親に泣きついていたんだ」
「そう…だったんだ」
「ああ」と、幸村は空になったシチューの皿へスプーンを置き、少し照れ臭そうに笑う。
「実は、今でもたまに…見ることがある。さすがに泣きはしないが、その気持ちが、よく分かるくらいはな…」
「そっ…か…」
──しばらく幸村は、何か考えるように黙っていたが、
「…夢の中で俺は、違う世で…違う人生を送っているんだ。それで、家族と離れなきゃならなくて…。
──だから、目覚める度に、両親がいるのを何度も確かめていた」
「…うん…」
そのときの幸村の心情を思い、佐助の胸がズキリと痛む。
「でもな、ものすごく大切な…家族のような人が二人もできるんだ。
俺は、その人たちをとにかく尊敬していて…近付こうと、必死でな。残念ながら、顔は見えぬのだが」
「そう…」
「それで…他にも沢山、大切なものができる。──だが、夢はいつも混沌としていて、詳しく見たくても叶わぬのだ。俺は知りたくてたまらぬのに…。
いつも手が届かず…苦しくて」
幸村は苦笑を浮かべ、
「まぁ…もう、慣れたものだが」
「そんなの…」
佐助は顔を歪め、「嫌だな…旦那がそんな…苦しむなんて」
ははっ、と幸村は笑い、
「俺に甘いのは、佐助の方だろう。…その内、何とかなる。すまぬ、妙な話をして」
「そんな──でも、何とかって…?」
「…俺が、思い出せば…」
「──思い出す?」
その言葉に、佐助は引っ掛かるものを感じた。
それを、自分はどこかで…
「変、だと思うだろうがな…」
幸村は、少し言いにくそうに、
「突拍子もない考えだが──それは、今の俺が生まれる前の…何というか…」
「前世、とかってやつ?」
代わりに言われ、立ち止まる幸村だが…
──佐助の、ちゃかすでもない様子に息をつく。
「…笑わないのか?」
「んなアホな。旦那、そんな冗談言えるキャラじゃないし。第一、面白くないってば。
…旦那がそんな風に思うくらい、ずっと見てきたってことなんでしょ?そうじゃないかって思えるほど、色々沢山」
「──…佐助……」
「ん?」
今度こそ、心底安心したように、
「ありがとう。…笑わないでくれて」
幸村は微笑み、
「まぁ、何も確かなものはなく、勝手にそう思っているだけなのだがな。…しかし、もしそうだとしても……もう思い出せずとも、良いのかも知れぬ」
「でも、それじゃ…旦那が、辛いままなんじゃ」
幸村は否定するよう首を振り、
「本当に辛いのは…恐らく、夢の中の…。俺は、良いんだ。俺は目が覚めると、かすががいてお館様がいて──皆がいて。…言っただろう?」
『俺は、幸せなんだと──』
囁くように呟き、柔らかく佐助を見据える。
佐助は身じろぎもできず、ただ一つの、ある衝動に襲われ続けていた。
──守らなきゃ。…その幸せを。
旦那が幸せな今を、何が何でも。
…何一つ、欠けてはいけない。
欠けさせないし、…変えさせない。
この笑顔を──守らなきゃ。
守るんだ、俺様が…
俺が旦那を、ずっと、ずっと──
「ありがとう、佐助」
その言葉に、一瞬自分は声に出していたのかとギクリとなる佐助だったが。
…どうやらそうではなく、幸村らしい言動の果てだったようだ。
「なーに言っちゃってんの!」
などと、いつものようにチャラけた態度で応えると、幸村も同様に普段通りの彼に戻る。
そして、「そうそう…」と、冷蔵庫から慶次のお見舞いの箱を取り出すと、
「佐助は、このプリンが好物らしいな?いや何、慶次殿のお見立てゆえ、きっとどれも口に合うはずだが」
どれでも好きなものを、と中を見せてくる。
プリンの他にも、シュークリームや、ムース系のデザート、様々なフルーツが乗った一口サイズのプチタルトなど、目にも美味しそうなものばかりである。
「うわー…すっげー。悪いことしたな、こんなに。…ね、旦那も食べてよ?」
「…っしかし」
「だってこんなに食べらんないよ。もったいないし」
「──で、では…」
そんなに言うのであれば…と、仕方なさそうに箱を覗き込むが、その頬は堪えきれないように緩んでいる。
そのことに、つい笑いそうになるのを、必死で抑える佐助だった。
「佐助は、プリンと…」
と言う幸村と箱を眺めている内、佐助の目に『それ』と、あの夢の一コマがダブってしまう。
「旦那ッ、プリンあげる!」
「えっ?だが、お前の…」
「うん!だから是非食べてみて!?すっげー、美味いから!で、それ俺に頂戴?その…シュークリーム…!」
あまりの気迫に、幸村はすっかり面食らい、
「あ…あ、分かった」
と、大人しくシュークリームを手渡した。
…佐助は、親の敵討ちか何かかという勢いで、一気に完食し尽くす。
(シュークリームに、恨みでもあるのか…?)
その様子に、そんな考えが浮かんでしまう幸村である。
さらに不思議だったのは、幸村が食べ終わるまで始終じっくりその様子を観察し、
「良かった…」
とブツブツ呟きながら、ホッとする姿。
(プリンの美味さが認められ、安心したのだろう…)
──さすがは、幸村の天然思考。
そのお陰で、今回は、彼に余計な心配をさせずに済んだ佐助であった…。
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