見えない調味料3
鳴っていたのは、玄関のチャイムだった。
下の、オートロックの方じゃなく。
(誰だろ…)
そう思いながらベッドを出ると、時計は五時前を指していた。
のろのろと行き着き、ドアを開けると、
「……旦那……」
「佐助、一応電話とメールはしたのだが…すまぬ」
──制服姿の幸村が、申し訳なさそうに立っていた。
「あ、ごめん…気付かなかった」
「いや!寝ていたのだろう?そうは思ったのだが…」
佐助は、幸村の両手がスーパーの袋や、慶次のバイト先の箱で一杯になっているのを目にし、
「もしかして…わざわざ?」
「あ、いや…皆、心配していて。慶次殿から、これ。今日もバイトだから行けなくてすまないと」
「旦那、一人で…?」
「大人数で押しかけても身体に障ると思ってな。元親殿と二人で下まで来ていたんだが、急用のメールが入り…佐助にお大事にと」
「そっか…ありがと」
佐助は荷物を受け取り、
「ごめんね、心配かけて。実は…ただの寝不足だったんだけど」
呆れられるだろうことを予想したのだが、
「…今朝、顔色がすぐれないような気がしていたのだ。…大丈夫なのか?」
と、額に手を当て、「熱は…ないか」
「や、だから寝不足…」
「しかし、それも体調のせいだったのかも知れぬ」
幸村は真面目な顔になり、
「帰ってから何か食べたのか?──その顔は、食べておらぬな」
「ずっと寝てて…」
タイミングよく、佐助のお腹が鳴った。
(…うぇ、格好悪…)
苦笑いする佐助に、幸村はどうしてか目を輝かせ、
「よし、任せろ!俺が夕飯を作ってやる!」
「え…えぇぇッ?」
佐助のあまりの驚きように、
「…ダメ、か…?」
と、幸村はたちまちシュンとなる。
「佐助が嫌なら…。まぁ、俺が作れるのなんて、大したものはないしな…」
佐助は大慌てで、
「ちっ、違う!…良いの?」
「いや、こっちが申し出ておるのだが」
「ごめっ──嬉しくて…」
目をそらしながらも口元を緩める佐助を、幸村はそれ以上に嬉しそうな笑顔で見返した。
「そうと決まれば!…佐助のように、何でもというわけにはいかぬが」
「んなこと…。俺様、旦那の好きな──得意なの、食べたい」
「しかし、それでは…」
そう言いつつも、どこかホッとしたような面持ちになる幸村である。
「俺様、好き嫌いないし!ねっ?」
いつもの、彼を安心させるような笑みを向けると、幸村はもう一度「よし!」と拳に力を込め、馬鹿丁寧に頭を下げて家に上がった。
───………
『佐助は、大人しく座って待っておれ──』
有無を言わせない顔でソファに座らされ、言葉通り佐助は大人しく待っていた。
時折チラッとキッチンを見ると、佐助ほど手慣れた様子ではないが、迷うことなく作業に取り組んでいるのが窺える。
佐助の視線にも気付かず、懸命に作ってくれている──ように見えた。恐らく幸村ならば、誰に作るのであってもそういう風になるのだろうが。
(ヤバい…ホントに嬉しい)
好き嫌いがないなど真っ赤な嘘なのだが、幸村の作る物なら何でも食べられると思い、つい口からこぼれていた。
(ご飯も楽しみだけど…もう、この状況だけでお腹一杯かも)
何て言うか…
子供が、初めて手料理作ってくれたときの親の心境って、こんな感じ…?
佐助は、幼い頃──母親がまだ生きていたときに、目玉焼きを作ってみせたことを思い出していた。
あのときに見た、心から嬉しそうな笑顔だけは忘れられない。
写真まで撮って、一生の記念にするだとか、食べるのがもったいないとか散々言い、幼い佐助を困らせた。
やっと食べたかと思うと、こんなに美味しい目玉焼きは初めてだと、感激ついでに息子を抱き潰し──
今思うとあれが、佐助の料理慣れのきっかけだったのかも知れない。──それからすぐに、母親が亡くなってしまったからというのもあるのだろうが。
中等部に上がるまでは、父親もまだ日本にいることが多く、あれほどではなくとも、毎回自分の料理を褒めてくれていた…。
(…思ったら、俺様の人生…そう、悪くないじゃん…)
これまでは、それらの本当のありがたみ…と言うのか、
…そういうものを、きちんと解していなかったらしい。
それが分かったのは、きっと…
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