見えない調味料2
(──やあ)
『……げ。…まーたアンタなの』
(その顔…ひっどいなぁ)
それ──は、おかしそうにクスクス笑い始める。
黒い、人の影のようなもの。
周りも暗いので見えにくいが、輪郭はぼんやり分かるくらい、少しだけ色に違いがあった。
『…もー、勘弁してくんない?アンタが出っと、目覚め超最悪なのよ』
何度も言った台詞。
佐助は、既に分かっていた。──今は、夢の中にいるのだと。
(そりゃあ、無理な話だよ。俺のせいじゃないし。俺が出るときは、お前の頭がオカシイときなんだから)
『…ちょっと。そんじゃ俺様、しょっちゅう変な人みてーじゃん』
(仕方ないだろ、元からそうなんだし)
『……』
(──ヒマ。何か喋ったら?)
『………』
(あ、目覚まそうとしてる?させないけど)
佐助は溜め息をつき、
『だって、何聞いてもアンタ答えてくんないじゃん。不毛なことやる主義じゃないんで、俺様』
(不毛、か…)
『てか、何したいのかさっぱり分かんないし。何度も同じ夢見せてくれっけど、覚めると忘れてるしね』
(だけど、感覚とか、気持ちとかは残ってるだろ?…結構難しいんだからな、このやり方。でないと、余計なこと思い出させちゃうし)
『…何なのさ、それ。やっぱわけ分かんねー。俺様、何か忘れてる?思い当たることゼロだし、心配しなくても大丈夫だって。だからもう、来ないでくんない?』
(…思い出さなくても、お前がまた同じことしようとしてるから。
その度に俺が引っ張られるんだ。…お前なんだよ?俺をしょっちゅう呼んでいるのは)
『はあぁ…?』
(本当なら、俺の方が願い下げなんだ。…目を覚ます度嫌な気分になるのは、俺の方だ。
俺の方が何度も何度も、繰り返し悪夢を見て来た。…終わることがない)
影は、ゆらゆらと縦や横に伸び縮みし、その形を奇妙に歪めさせた。
だが、佐助には不思議と恐怖など湧いてこない。
起こるのは…初めてのことだが、どこか懐かしい──また、同調してしまいそうな気持ち。
『…泣いてんの?』
(……)
『夢の人でも…夢を見るんだね』
(…俺そのものが、夢だから)
『へーえ…。よく分かんないけど。じゃあ…俺様の見る夢は、全部アンタって意味?』
(──…いや…)
『ふーん…?──じゃさ、俺様の見てる夢をアンタが見ることできる?昨日、ぶっ飛んだヤツ二本立てで見たんだけど』
(ああ──…)
影は、全身を波のように震わせる。恐らく笑ったのだろうと思えた。
(傑作だったな。…お前はやっぱり、オカシイよ)
『ひどっ。…てか、ならそーいうのばっか見てりゃ良いじゃん。俺様は、超迷惑だけど』
(……)
『良い提案だと思わない?俺様ももう、アンタみたいに慣れるだろうしさ?昨日みたいなのが出てきても、夢ってすぐ分かるだろうから──』
(……無理だ……)
『…そうなの?』
べしゃっという音とともに、影はたちまち佐助の足元へ、溶けたように崩れ落ちた。
佐助は、しゃがみ込んで地面のようなものを指でつつく。
(あんなもの見てたら、俺は…。──悪夢よりも…苦しくなる)
『そんなに笑えた?』
佐助は、ちゃかすように言うが…
(もう会えないのに…俺は。──想うことすら、許されない。だから…)
『──ねぇ』
慈愛に満ちた目で、佐助は、
『そんなに苦しいんだ…?俺様に、何かできることはない?』
(…お前に…)
『うん。──例えばさ、そんなに辛いならさ…?』
影を撫でながら、
『…もう、消えちゃえば良いんじゃない?俺様、やってあげようか』
(消え……る)
『うん。そしたら、もうそんな思いしなくてもいいじゃない?どう、名案でしょ?──あっ』
影は、佐助の手から離れ、また人の輪郭に戻った。
(──っぶない。危うくお前に乗せられるとこだった)
『えー?心外。俺様は、アンタのためを思って…』
(…消されてたまるか。…お前が、思い知るまで)
はぁ、と佐助は息をつき、
『やっぱそーなんの?…相容れないんだねぇ、どこまでも』
(…今日は、あの夢はやめといてやるよ。お前も、大分お疲れのようだからな…)
──不敵な笑いを残し、影は姿を消した。
『…へぇ』
こんなパターンは初めてだ。
目が覚めれば、やはりまた忘れているのだろうか…
そう思っていると、何か闇にそぐわない綺麗な音が鳴り響き、周囲がぼやけていった。
───………
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