パラレル6
――これは……一体
旦那は、今何て――俺が、何だって……
……じゃなくて!!
聞き間違いじゃ…ないよな…!?
「佐助と離れるなんて、考えられない。…考えたくも、ない」
「だ……だん、な……」
うわわわわ!声、上ずり過ぎ!
俺様、今死ねる!いや、違う!んな阿呆な真似できるか!!俺は馬鹿か!?
「あ……」
旦那はハッと、「い、いや…!お前が迷惑だよな、そんなの。つい、子供みたいなこと」
「っなワケねーじゃん!嬉しいよ!」
いやいや本気で。
どーしよ、小躍りしかねない勢いなんですけど!
慶ちゃんには悪いけど――やっぱり、旦那の『一番』は、俺様だった!
神様、ありがとう!
今日は俺様の運勢、人生の中で最高の日だったのね、きっと!
「良かった…」
旦那は、目眩がしそうなくらい可愛い笑顔で、
「慶次殿には申し訳ないが……佐助とは全然違うから」
「!!」
うっわ、さらに嬉しいこと言われちゃった…!
「佐助といるときが、一番落ち着くし…」
旦那、それ以上言われたら、俺様召されちゃう!!
「慶次殿は違う。…昼から、休み時間の度に……ずっと私を見てて」
――ん?
「あ、あの瞳で……。――すごく落ち着かない。こっちがそらしても、向こうはずっと見てるのが分かるくらい、何か…」
……んんん…??
「何か、とにかくもう熱いし、目が回るから……疲れる。…そんな慶次殿と二人なんて。絶対無理だろう…」
はぁ、と旦那は深々溜め息をつく。
……や、別に良いんだけど。…だって、俺様は旦那の『一番』を手に入れたんだから。
慶ちゃんは、旦那の嫌がることやっちゃった結果、これよ?
…俺様の考えは、間違ってない。
間違ってない……けど。
――何だろうこの、どこか釈然としない気持ちは……
「ああ――ホッとした。…やっぱり佐助に言って良かった」
旦那はソファに沈み込み、「な、何か甘いもの…食べたい」
「あ、うん」
俺様は至って普通の態度で、ストックしておいたエクレアを冷蔵庫から取って来た。
――実に美味しそうに食べ始める旦那。
「旦那」
プッと吹き出し、「付いてるよ、ここ」
と、自分の口の横を指す。
「んっ?」
旦那は舌で拭おうとするけど、なかなか上手くいかない。
「だあもう。…ちょ、待って」
結構ガッツリ付いてたもんだから、俺様は笑いが止まらないまま、中指で綺麗にすくい取ってあげた。
「もー…どーやったら、こんな」
クスクス笑うと、旦那も照れたように笑う。
クリームを拭こうとしてたら、…旦那が、ジッと俺様の指先を見ていた。
「あの……もしかして、食べたいの?これも…」
指、使っちゃったけど…
旦那は思い切り頷いて、嬉しそうに目を細める。
「じゃあ…」
スプーンでも使って、上の方だけ取ってあげよう――
…そう思ってたのに。
『パクッ』
――ぱくっ?
「……ッ――!!?」
目が飛び出るかと思った。いや、ちょっと出たかも。
あろうことか旦那は――何と、俺様の指ごとクリームを頂いちゃってたんです…!
こ、らぁー!汚いでしょーが!?
…って、頭の中では間違いを正してやるつもりだったんだけど。
なーぜか、俺様の口からは何も出て来ません。しかも動けません。……助けて、誰か。
「ごちそうさまでした!美味かった」
指から離れ、ニッコリ笑う旦那…
俺様は、何かまるで車酔いにでも遭ったみたいな――でも、決して気持ち悪いのではない感覚になりながら、
「どーいたしまして…」
呆然と自分の指を眺めていると、旦那にいきなり手首を掴まれた。
(――ひッ?)
情けない悲鳴は飲み込み、
(まだ食べる気なのっ?もう付いてないってば!)
と、とにかく焦りまくる俺様。
すると、指先からちょっと下に、何やら柔らかい感触が…
「…はぁ。いい匂い。甘い…」
恍惚と呟く旦那。
俺様の指は、旦那の鼻のすぐ下の――唇の上にいた。
(アンタは犬か!!)
そうツッコミたいところなのに、旦那の柔らかい唇が俺様の指をくすぐるので、また何も言えなくなってしまう。
そのせいか分からないけど、何だか段々、頭の芯が痺れてくるような――
……いい匂い?……そんなに?
そりゃきっと、エクレアの匂いなんかじゃなくて。
旦那が口を付けたから、俺様の指にも移ったんでしょ。――その、何より甘い……旦那の、匂いが。
――じゃあ、さ
そこは、どれだけ甘くて……イイ匂いがするんだろうね?
……柔らかい、し。
「旦那ばっか食べて……ズルい」
ポツリと言うと、旦那はびっくりしたように謝ってきた。
「あの……エクレア、もうない…のか?」
「うん」
「ごめ…」
「けど、俺様ちょっとでいいからさ。……味見していい?」
「え?」
旦那は、キョトンとしてる。――そりゃそうだ。
「ここ…まだ付いてる、実は」
言いながら、俺様の頭はどんどんぼやけてきて、甘い匂いにひたすら酔ってしまったみたいに…目眩が治まらない。
──むしろ、ひどくなる一方だ。
けれど、どこかで警鐘が鳴っているのも聴こえる。……やめろ、止まれ……
やっと手に入れたものを、俺はもう手放すのか──
「さす…け……?」
近付くとともに大きくなる、旦那の戸惑った瞳。
これが次の瞬間には、怯えか怒りか──とにかく、俺様の見たくない色に変わることは間違いない。
その未来から逃れるよう、かつ、ズキズキ痛む心臓を押さえながら…
……俺は、目を閉じた。
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