パラレル5


「何年も前からだって言うんだ。…信じられない。――って言ったら、そんなの関係なく……す、きだった――って。その……私が、女だろうが男だろうが、…私のことが、って」



――何だって?


…誰だ、マジで。
そんな……どっかの誰かと同じようなバカなこと言う奴は。



「で、旦那……何て答えたの?」

旦那は泣きそうな顔をして、


「何も。…わけが分からなくなって、気付いたら予鈴が鳴って…。『考えてみて』とか言われて、ますます分からなくなって。…昼から、全然集中できなかった」


――てことは、昼休み中に言われたってわけか。

どうやって旦那を呼び出したんだろう?
そんな目立つことしてたら即噂になって、俺様の耳にも入ったはずだけど。

旦那は、珍しく俺様の考えが読めたみたいで、


「あの、今朝の手紙にな…昼休みに待ってます、って書かれていて。てっきり女の子かと思ったら…」

「匿名だったんだ?…で、行ってみたら男だったと」

コクンと頷く旦那。


…許せん。

んな姑息な手を使いやがって。


「どんな奴?…あ、嫌なら無理に聞かないけど」


って、ムリムリ!!

今すぐ聞き出して抹殺しに行きたい!



「――……」

旦那は眉をハの字にして、



「……け……いじ……ど、の……」


…それはもう、消え入りそうな声で。





「――嘘だろ」



けいじどのって、


――やっぱり、あの慶ちゃんのこと?……だよね。

旦那がそう呼ぶのなんて、慶ちゃんだけだし。



……俺様、頭を鈍器で殴られたくらいの衝撃を受けました。

これは、昔旦那の華麗なパンチを食らったとき並みの。目の前が真っ白っつーか、真っ暗になるっつーか……

危ない、気が遠くなるところ。



「う、嘘じゃない、本当なんだ…っ。だから驚いて…」
「あ、いや疑ったわけじゃなくてさ」


――確かに、びっくりするよな。俺様だって…

慶ちゃん含む俺様たちはずっと仲が良かったけど、皆も旦那を女扱いしてなかったんだから。

いや、そんなん関係なく好きとか言ってたんだっけ?

慶ちゃんは誰にでも優しいから、まさか旦那をそんな風に思ってたなんて、夢にも思わなかった。――俺様の断りもなく。

てか、普通まず先に俺様に相談して来ない?いや、協力なんてしなかったけどさ。あ、それお見通しだったのかな。


旦那が、慶ちゃんと付き合う……?





――嫌だ



絶対……嫌だ。





「…慶次殿、だったのかな。本当に」
「えっ?」

旦那は思い起こすように、


「何だか……別人みたいだったから。いつもの、楽しくて優しい…そんな感じじゃなくて。ちょっと――怖かった」

俺様は、もう冷静さを装えなくなってしまい、

「旦那、まさか何かされた!?慶ちゃんに!」

旦那は、意味もよく分かってないだろうけど、ぶんぶんと首を振る。


「…笑ってる顔しか見たことなかったから、あんな真面目な…。――吸い込まれそう、な」

旦那は、また顔を赤らめた。




……何で?

何で、そこで赤面?
――怖かったんだよね?なのに……何でさ。

吸い込まれるのが、嫌だったんじゃないの?…てか、吸い込まれそうって何?
それって、考えたくないけど、つまり…



――見惚れてた?……それとも、



……惹かれた?



ちょっとでも、慶ちゃんのことを……意識、した……?




…胸が張り裂けそうになった。



てか…マジで何か刺さったんじゃね?……尋常じゃないくらい痛いんですけど。



「旦那……それで――どうするの?」
「え?」

「慶ちゃんのこと。…言われた通り、『考える』の?」
「あ……」

旦那は、また困った顔になった。
…きっと、俺様の助言が欲しいんだろう。

いつもなら的確なアドバイスをして、すぐに元の笑顔に戻してあげるとこだけど…
俺様でも相当動揺してるから、今日はちょっと無理そう。

相手が慶ちゃんでなけりゃ、超上手い言い回しでハッキリ断らせるよう仕向けるんだけど。
――ここで慶ちゃんの悪口言ったって旦那が信じるわけがないし、むしろ俺様が嫌われちゃうよ。



…でも、二人が上手くいくなんて、やっぱり嫌だ…


どうしよう。――どうしたら




「佐助……?」

気が付くと、旦那がすごく心配そうな顔で、俺様を覗き込んでいた。


「――えっ…?」

いきなりの顔の接近に、何故かビビり上がり、

「な、何……?」


旦那はそのままの表情で、

「何か、泣きそうな顔をしてたから……どこか痛いのかな、と」


「……へっ」

予想外の言葉に、俺様はしばし凍り付く。

そんな情けない顔を見せていたなんて…一生の不覚…


すぐさまいつもの笑顔で、


「だっ、いじょーぶ!気のせい気のせい!…ほらあれ、ちょっと――寂しかっただけ!想像したら」
「…寂しい?」
「う――ん。……や、あの…。もし、ね?もし……」
「うん?」
「その……旦那と、慶ちゃん――がさ、付き合うことになったらさ」
「!」
「俺様、お邪魔虫になっちゃうなぁ…って」

「え……」


旦那は、さっきまでの慌て振りが嘘みたいに静かになる。


「や、邪魔だよホント。今までみたいに俺様が旦那にベッタリくっ付いてたら、いつまで経っても二人になれないじゃん。
いくら慶ちゃんが優しくても、さすがに嫌がるっしょー…」


「――……」


旦那は、ちょっと息を飲んだみたいだったけど――





「……ない」

「え?」



「付き合わない。…慶次殿と」


「え…っ」

――今度は、俺様が息を飲む番。




「誰とも付き合わない。…だって、嫌だ…」

旦那は少し怒ったような、でも眉は下げたままの顔で、


「佐助と一緒にいられなくなるのは……嫌だ」

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