渦5


「ありがとね、旦那。身体には気を付けて」

「それは、佐助こそだろう。あちらの気候はどうなのだ?」

「平気だって。寒いところじゃないし…」

佐助は、困った顔で笑うのだが、


(…それも、しばらくは見られなくなるのだな)


そう思うと、忘れずに映しておこうとでもするように、幸村は彼の顔を、ただひたすらに見つめた。


「旦那…」

その視線に耐えられなかったのか、佐助は目を伏せ、


「──ごめん」



(えっ?)


何が、と驚き、幸村はその目の先を追うが、彼はこちらを見ようとはしない。



「ごめん……こないだ言った話、全部忘れて…」

「え…」


幸村の理解が一瞬遅れた隙に、佐助は、自分のケータイの画面を差し出した。

自分たちと同じ年頃の、綺麗な少女の笑顔が写っている。


「佐助…?」

幸村は、話と写真の関係性が掴めず、佐助を窺う。
『話』とは、恐らく一つしかないことは分かっているが…


「俺様の元カノ。…死んだと思ってた」

「……!?」

幸村が目を見開くと、佐助は笑い、


「結構、ドラマみたいな話でさ?病気だったんだ、ここの。んで、長くないらしくて、俺様フラれたんだけど。…あっちで、手術受けてたみたいでさ。しかも、うちの父親と同じ街で。今、向こうで入院してて…」


「何と…それは…」

良かったな、と、幸村は自分のことのように喜ぶのだが、


「俺様、この子だけはカウントしてなくてさぁ…何せ、フラれたことなんかなかったから、痛い思い出で。…でも、よく考えると」

佐助は、伏せていた目を上げ、


「旦那によく似てた。だから、好きになったみたい、旦那のこと…」



「…ごめん、本当に…」




頭を下げる佐助を見ている内、パリパリ…という音をたて、幸村の何かが少しずつ剥がれていく。


足元に積もる。

二度とは拾えなさそうな、ばらばらになったそれら。



(…何故、こんなにも痛いのだ)


──自分は、困っていたではないか。悩んでいただろう?あんなにも。

なのに、何故?


佐助のことは好きだ。
だが、彼が言うそれとは違う。

ならば、この事態は、むしろ喜ぶべきことだろう?
先ほどのように、彼女が治って良かったと思ったのと、同じくらいに。


──写真を見る。


(この方が、佐助の『一番』に…)


…知らず、爪が食い込み痛いくらいまで、拳を握っていた。



自分は、佐助と違う。

なのに、佐助がそうでなくなるのは、嫌なのだろうか。…何という、身勝手な。



(…これでは、嫌われてしまう)


(それだけは、絶対に嫌だ…)




「──分かっ…た…。良かった、な…佐助。本当に…」

「旦那…ごめん…」


佐助は、何度も何度も謝る。

しかし、幸村の心には穴が空いたかのようで、その全てがそこを通って抜けていく。


(だとしても、友として、今までのようにいてくれ)

そう言いたい。だが、


(『気付く前から、ずっと』と、言ってくれていた。…ということは、その感情がなくなるのであれば、つまり…)


…無関心、になるのでは。


今まで、自分のことを大事にしてくれていたその源が、失われるということなのだから。

しかし、佐助は幸村が期待する言葉を、言ってはくれない。
すぐ傍にいるのに、もうから遠い外国へ行ってしまったかのようだ。


「向こうへは、ケータイも持って行くのか?」

「んや、もう置いてくよ。あっちでは、父親と連絡付ければ良いから」


(しかし、それでは…)


何だか、自分とは一切話したくないと言われているように思え、幸村はますます苦しくなる。


「パソコンから、メール出せたら出すね。まぁ、結構忙しいから。…大丈夫だって、ずっといるわけじゃないんだから」

「ああ…」


「………」
「………」

佐助は、一仕事を終えたように、椅子に身を預ける。


「旦那の話…」

「──良い」

幸村は、とても上手いとは言えなかったが、笑顔で、


「もう良いのだ。お前の話を聞いて、…言う必要がなくなった」

「政宗のこと──だよね」

「………」

佐助も微笑み、


「俺様のことは、気にしないで。あいつも、結構良い奴だし。別に、あいつじゃなくても、他の…」


(──……)



「旦那?」

佐助が、不思議そうに幸村に尋ねるが、


「…ああ…」

と、掠れた声と呆けた顔で応ずる彼だった。









それからすぐの後、『準備があるから』と、店を出て行った佐助。

一人残った幸村は、彼との会話をよく反芻し、何度となく胸を痛めるが、


(あの、笑顔は…)


最後の方で見た、彼のあの顔。

見間違いでなければ、あれは…


(それに、今日、あの日だけでない。あれを自分は、きっと昔…)



──“ 昔 ”



ピタ、と幸村の時間が止まる。



(もし、や…)


…しかし、それと彼の行動がどう繋がっているのかが、分からない。

だが、これだけは可能性が高い気がする。根拠など聞かれても、はっきりと答えられやしないだろうが──


(…佐助…)


幸村は窓を眺め、もう見えるはずのない姿を探す。



──何を隠している…?



その問いが投げかけられる前に、彼は遠い地へと旅立って行った…。







‐2011.11.6 up‐

あとがき


ここまで読んで下さり、ありがとうございます!

幸村、色々考えて頑張ってるみたいです。

記憶とか、ドラマチック〜な感じに表現したいのですが(><; 稚拙文にて雰囲気なくて、無念なり。申し訳ない。珍妙な展開についても…。


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