渦4
頭の中に、膨大な数の映像が流れ込んで来た。
初めて見る風景、人物。…なのに、何故か既視感を感じる。
──親しい人々に瓜二つの者たち。
『昔のことを思い出す…猿飛や真田が現れると、特に…』
あのとき聞いた、三成と吉継の会話の意味。
ずっと前からこうして、幸村の傍にいたような、ひどく懐かしく…離れがたかった理由。
──全て、理解した。
『必ず二人で…戻って来いよな──』
…慶次の、あの真剣な顔。
見たことがなくて、当然だ。あれは…
“……決して、離すでないぞ……”
(──旦那…)
『やめろ…それ以上、思い出すな…。やめてくれ…』
目の前にいた人物は消え、頭の中で悲痛な声が響く。
『ごめん……俺のせいで……せっかく、幸せだったのに…』
(──……)
『お前が、叶えてくれたのに……』
(……)
『思い出させて、ごめん──』
一層悲愴な声を最後に、佐助の意識は、闇に落ちていった。
大晦日の晩から正月三箇日の間、幸村は正に、心ここにあらずの状態で過ごしていた。
ぼーっとテレビを眺めていたかと思うと、急に
『走って来る!』だの、『乾布摩擦して来る!』やら、『この寒中水泳、飛び入りで参加できるらしいんだが──』
などと言い出し、その度かすがを焦らせたり、怒らせたりしながら…
──気付けば、冬休みはもう終わるという日にまでなっていた。
信玄の家で数日過ごす内、幸村の頭もまともになって来て、かねてより考えていたことに、再び意識を集中させる。
決心し行動に移した後、すぐさまケータイから、ある番号へとかけた。
『──はい』
「あ、佐助…」
耳に入って来たのは、いつもより静かに抑えた声。
かく言う幸村も似たようなもので、それもそのはず、お互い言葉を交わすのは、あれ以来のことであった。
気付いてみれば、他の友人たちとも、メールのやり取りはあれど、話したり会ったりなど同じくしていない。
家族と過ごす正月を、邪魔したくないというのが初めであったが、実際は、このような状況こそが、その代表的な理由となってしまった。
「あ、明けましておめでとう」
『あ…そか。おめでとう…』
佐助が少し笑ったので、幸村は大分救われた心地になる。
「実は、話が」
『…ちょうど良かったよ。俺様も、旦那に話したいことがあってさ』
「おお、それは奇遇な」
幸村は驚きながら、声のトーンをやや上げた。
『うち今、父親いるからさぁ。できたら、旦那んとこの近所で…』
「良いのか?すまぬな…。──では、先日行った、あの公園にするか?」
提案しながら、あの日のことを思い出し、顔が熱くなる幸村。すぐに、自分の発言を後悔するのだが。
『…あそこは、やめとこう…』
佐助が言い、結局はこの辺りの飲食店で、待ち合わせることに決まる。
彼の声がさらに低くなったのを、幸村は、
(佐助も、自分と同じほど気まずく思っている…)
と感じ取り、これより悪化はさせまいと、明るい表情を心がける。
伝えたい話を頭の中に浮かべながら、店への道を進んで行った。
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「佐助」
「…あ、うん」
店先で待っていた幸村が手を上げると、佐助が軽く頷く。
「入ってて良かったのに…」
と、どこかよそよそしく相槌を打つ佐助。
やはりまだ、あの緊張を宿したままなのだろうか。
席に着いてからは、しばらくお互いの休み中の出来事を報告し合う。
佐助は言っていた通り、父親との外食巡りを、充分に堪能したらしかった。
「…それで、話というのはな…」
「あ、待って旦那」
「え?」
佐助は、「ごめん」と手を合わせると、
「先に俺様からで良いかな…悪いんだけど」
幸村は、何だ…と、心の中で息をつき、
「もちろん」
と、快く答える。
佐助の表情も、話している内に柔らかくなってきて、安堵していたところでもあったのだ。
「悪いね。…あのさ、本当に急な話なんだけどね」
「うん?」
…………………
「ホームステイ…」
「っつっても、父親んとこだけどね。学校も、前に行ったことあるし」
「はぁ…すごいなぁ…」
海外で働く父親のもとから、あちらの学校に数週間通うことが、急に決まったらしい。
以前より父親から誘いがあったのだが、まさかこんなに早くに決まるとは、本人も思っていなかったようで…
「うちの父親、やっぱ変わってっからねぇ。中等部のときも、同じような感じでさ。他の皆は、多分『あ、また?』みたいな反応だと思うよ」
呆れたように苦笑する。
「休み明けてすぐだから、次に学園復帰すんの、多分来月になるかな。お土産、買って来んね」
「そのような…気にするな。しっかり、やって来ると良い。俺に言われずとも、佐助は分かっておろうが…」
幸村は笑って言うが、弱々しい声しか出ない。
(本当に、突然…)
今日も、久し振りに会ったというのに。
悶々とし、会うのは憂鬱な気さえしていた。──だが、会ってみて、それは違ったのだということが、よく分かった。
…単純に、寂しかったのだ。
前のようにまた、笑顔で向き合えるのだろうか。…その不安は、政宗に告白された日に感じたものと、同じ。
だが、あの日と違い、慰めてくれる者は誰もいない。
自分で考え、自分で答えを見付けたかった。…認められたい、一番の相手であるからこそ。
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