渦3






自宅に戻った佐助は、静かにソファへと沈み込んだ。
背もたれに両腕と頭を投げ出し、天井を眺めた後、軽く目を閉じる。



『…好き…──大好き…』


「………」


──佐助の額から一筋の汗が伝い、目の下が赤らんでいった。


(ぅうわぁ…)


今頃になって、猛烈な恥ずかしさに襲われる佐助。


よくぞ、あんなにも言えたものだ。…初めてのことであるのに。
とにかく、必死だった。この気持ちを分かって欲しい一心で──


(…伝わったかな)


ついでに、旦那にも移ってくれたら最高なんだけど。



『政宗殿──』


…あれは、聞こえなかったことにしよう。


どう考えても、より距離が近いのは自分の方。──きっと、旦那は俺を選ぶ。

理解しているはずだ。どちらか一方は笑顔にできる、自身の立場を。
優しい人だから、二人ともを悲しませることなんて、考えも及ばないに決まっている。

…であれば、彼がとる行動は…



(ごめんね、旦那)


もし、政宗と縁が切れるようなことになったとしても、その傷は絶対に俺が癒すから。

初めは、情けであっても良い。それを、自分と同じ想いに変えてみせる──きっと。…必ず。



(言えた……ようやく…)


今度はソファに横たわると、ふっと浮かんだ思い。


…そこまで焦れていただろうか?と、少々戸惑う。自覚したのは、ごく最近のことであるというのに。

すると、閉じたままの目の端から、急に流れた冷たい一筋。


(何…だ、これ…)


今、自分が感じているのは、告げられた喜びと照れ臭さ、…ほんの少しの不安と危惧。
──それ以外に、涙が出る理由などありはしないのに。


(嬉し涙?…それとも、気の緩みからの…?)


どちらにしろ、いつもの自分に全くそぐわない現象。
考えてみても、納得までに行き着かない。


(眠い…)


さすがに自分でもよく分かっていたが、甚大な精神力を消耗した。

佐助は、珍しく本能のまま、そこで眠ることに決めた…













『…やぁ、お久し振り』

「──あら、ホント」


佐助は、久々に見る“夢の住人?”に、少々驚いた顔を向ける。


「えーと、…ってことは、『時期』とやらが、来たわけ?」

『ああ…』

しかし、夢の住人──人の影の姿をした彼は、それきり黙りこくってしまう。


「どしたの?何か、思い出させてくれるんでしょ?」

『お前…』

「ん?」

首をひねる佐助を真似るように、影も同じような行動をとり、


『ずっと見てたけど、随分変わったよな。…あの人の、お陰かな』

「え?」

『前に会ったときのお前とは、全然違う。あんなに、一方的な想いで縛ろうとしてたのに、“俺様だけじゃ駄目なんだ”──って。
…驚いたな』

「それって、」


(ああ──そうか)


「…アンタ、旦那のこと言ってたんだ。なるほど…」

佐助は、ふっと笑い、


「確かに…。ひどかったね、あれは。──あんときゃ、がむしゃらだったからなぁ…。旦那に迫る政宗に、俺様、どうすりゃ太刀打ちできるんだろうって。『親友』じゃ勝ち目ないって、分かってたみたいでさ。独占欲ばっかが、先走って」

『俺は、お前はあのままなんだと思ってた。あの人への気持ちを自覚しても、あんな調子で…嫉妬心ばかりに呑み込まれて。──俺の、ような』


「アンタも?…そっか、何か似てると思ったら」

自分でもよく分からなかったが、何となく腑に落ちた気がする佐助だった。


『──で、散々苦しんだところで、思い出させてやろうと…。罰を…』

しかし、影は力を失ったように、しゃがみ込んでしまう。


『分かったよ…お前は、俺とは違う。お前は、すごい。俺が憧れた俺に、限りなく近い。──そうだな。あの人も、お前のことをすごく思ってる。好いている…』

「な、何…?いつもの嫌味は、どしたのよ?やたらネガティブ…」


『お前が叶えてくれたのか…俺が、ずっとやりたかったこと。争いなんてない世界で、思う存分甘やかして、俺も甘えて、好きなだけ愛しく想う。…あの笑顔を守ると、誓った…』


(………)


影が、震える。
その周りに広がる、哀しみの海。

恐らく彼は、長い間ずっとこの中で、独り──

…佐助は、胸が千切れるような感覚に陥る。



『お前は、罰を受ける必要なんてなかったんだ。賢明な判断だった…俺を切り離したのは』

「え…」

影は、あぐらをかいて佐助を見上げた。


『──さあ。前に言ったように、俺を消してくれ』

「え…!?」

『できるだろ?お前なら。と言うより、お前にしかできないんだ。…早く』


(………)

佐助は、またもや痛んだ胸を押さえ、


「…無理みたい。痛いよ、すっごく…。アンタ何なの?何かさ、俺様まで苦しいんだけど」

『もともと、一部だったから…俺は。でも、もう捨てた方が良い。お前にも──あの人にとっても』

「あの人って、旦那だろ?…アンタが会いたい人って、旦那…?」

『………』

影は、完全なる無言。


「やっぱ、そうなんだ。ずっと会えなくて、苦しんでたの?」

『ちが…』

「俺様なら、絶対無理だわ。アンタ、すげぇ忍耐力だね。…そんなに辛抱して来たんなら、一目でも会ってきゃいーじゃん、俺様の身体使って」

『何を…』


「だからさ、」

佐助は、影の方へ手を伸ばし、

「もともと、俺様の一部だったんだろ?なら、また戻りなよ。まぁ、追い出したのは俺様みたいだけど?覚えがないから、無罪にしといてよ。──で、消えるのは、それからにすれば良いんじゃない?せっかく…」


『──やめろ』

「どうして?」

だが影は、『やめろ…』と俯くばかり。


「そっちこそ、やめてよ…それ。俺様と同じ顔で、そんな泣きそうな…」


佐助は、いつの間にか影ではなくなっていた彼の、その頬に指先で触れる。


「説得力ないよ。本当は、会いたいんだろ。──思い出したいんだろ…」


どちらへともとれる言葉を呟き、佐助は目の前の額に、自分と同じものを寄せた。

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