変身6







『……んなことでよ、こっちはドッと疲れたぜ』

はー…と、元親が深い溜め息をつく。
どうやら、そのせいでウトウトしていたらしい。


「そうだったんだ」

慶次は、面白がるように小さく笑った。


『お前、笑いごとじゃねーぞ…』
「いや、分かってんだけど。――何か、懐かしくて」
『懐かしい?』
「うん。昔、あいつらのどうしようもないケンカ、俺ら必死で仲裁してたよなー、って」
『…全く良い思い出じゃねーんだが』

あはは、と慶次は笑い、


「幸が中に入ると、…もっと昔のことを思い出すよな」
『…それは、俺も今日思った』

「さっけも幸も、思い出さないね」
『ああ…。けどよ、昔とほとんど変わんねーな。いつもあいつは、幸村の傍にいて、世話焼いて』

「うん。――俺、思うんだけどさ」

慶次は、棚に飾ってある、夏休みに海で撮った写真を眺めながら、

「本当は、二人とも忘れてんじゃなく――気付いてない…目覚めてないだけっていうか。記憶は戻ってないけど、心は…気持ちは取り戻してんじゃないか、って。――恋以外のさ」
『……』

元親は、大人しく耳を傾けてくれている様子。

「俺はさ、幸が自分を出せる居場所を見つけられて、前より楽しそうに笑うようになってきたから、すっげー嬉しいんだけど」

『呑気な奴だな。…悔しくねーのかよ』

「悔しいけど、やっぱこいつらはこうじゃないと、って思ってたとこがあるみたいでさ。見てると、俺も…何か嬉しくて。あのときは、今みたいに沢山会えはしなかったし…当然、お前らにも。だから、ホント思い出す前より楽しいし、毎日幸のこと好きになっちまうしで……どうしようもねぇよな」

『思い出して良かったのか、悪かったのか』

元親が、冗談ぽく笑った。


「もちろん良かったよ。…ま、その前からもう好きだったんだけどな」

『――マジで?』

慶次は開けっ広げに笑い、

「マジマジ!俺どうしたんだろう、って本気でビビってた。いつからそんな趣味になったのって。今までの恋愛が長く続かなかったのは、あの人が忘れられないせいだと思ってたんだけど、まさか本当の理由はこれだったんか?ってさ」

『そうか…。お前でも、んな風に思ってたんだな。――言やぁ良かったのによ』

「あ、そろそろ言おうかと思ってたとこだったんだよ。元親びっくりするだろうけど、何か頑張って理解してくれそうだなーって。お前、良い奴だからなぁ」

『…何も出ねぇぞ?』

ははっと慶次は笑い、

「や、ホントに!俺がマジでそっち系だったんなら、まずお前に惚れてるだろって思うから、あ、やっぱ俺は幸だけに反応するんだーって分かったし」

『反応って!…つか、ツッコミどころ多過ぎて、逆にできねーだろ』

「ごめんごめん」

ひとしきり笑い終わって、


「――だから、さっけも俺みたいに、自覚してから思い出すのかもね」

『ハタから見てっと、単に気付いてないだけに思えるけどな。あんな顔して、嫉妬三昧でよ。いや、恋愛ってもんを知らねーせいもあるんだろーが』

「卑怯だけど…俺は助かってるかも」
『んなわけあるかよ。あいつがバカなのが悪ィ』

「ありがと。…でも、俺……後悔するかも知れないけど…てか、ドMかよって」
『…何だァ?』

「どっかで、さっけに早く自覚して欲しいとか思ってんだよ。さっきと言ってること全然逆なんだけど」

『――もう慣れたぜ。…で、その心は?』

慶次は、軽く目をつむる。
瞼の裏に映るのは、あの時代――短かったけれど、彼らと過ごしたあの日々。それから、何度か会いに行った際に見た、彼や彼の顔――

だがそれを含め、さらに大きく…深くこの心を占めるようになった、現在の彼…


「あいつと思う存分戦ってみたい――とか。……バカだよな?」


『――……』

元親はちょっと息を飲み、すぐに溜め息をついた。


『…バカだな。頭に大を付けてやる。――お前、怖くねぇの?佐助が自覚して、あまつ思い出して幸村に迫れば、あいつの記憶もすぐ戻るんじゃねぇかとか』


「うん…確かに。――けど、元就とか、さ…あのときとは随分変わったよな?いや、本当は元々ああいう性格だったのかも。昔は、世の中も立場もまるで違ったから、見えなかっただけで。

…俺も、今じゃ本当に何も持たないただのガキだし、あのときみたいに、幸に尊敬とかしてもらえるような人間じゃないんだけど。

でも俺は――『今生きてる俺』が、『自分』だって思うからさ。

…昔の記憶はあっても、今の俺の記憶…お前らと過ごしたヤツの方が、やっぱり鮮明で。
思い出したって、例えば、秀吉や半兵衛のことを気まずくなんて思えなかったし。だからさ…」


一つ一つ噛み締めるように言い、慶次は息をついて、


「もし、幸が思い出したとしても…今の俺と会って、どう思ったのかとか感じたとかは、消えないはずだ――って。
…そりゃ、怖いけど……本当は、めちゃくちゃ恐れてることだけどさ。

そこでまたフラれても、俺は諦めないよ。幸が思い出す前に沢山入り込んで、思い出したって、ずっと想い続ける。…というか、やめ方が分からない。

幸を困らせるだけかも知れないけど、今の俺は相手を思いやる気持ちが欠けてるみたいでさ…」


『――バカだな』

元親はポツリとこぼし、

『お前はやっぱりお人好しだよ。そんで、楽観的だな。…あんま悠長にやってっと、狡猾な奴らにすぐ持ってかれちまうぜ?』


「うん。あの『惚れ薬』の一件から、皆の気持ちはよーく分かったからさ。…俺も、もっと頑張んないと…だな」


しかし、彼らという強敵の前では、幸村と二人きりになれるチャンスなどゼロ、もしくはそれ以下なのが現状なのだが…。


『そーだぜ!で、あいつもさっさと自覚させちまえ。思い切り果たし状叩き付けて来い、あんの鈍感野郎によ』


「うん。――あのさ…」

『ん?』








「……ありがとう」






――伝わっただろうか…?



ずっと考えていたことを、まるで誓いのように口にしてしまっていた。

何もかも保証のない話。…本当は、募る想いと比例するように、不安も増していくのが現実だった。

しかし、元親がこうして聞いてくれることで、自分はまだ格好が付けられる。…前を向いていられるのだ。



『……バーカ』


照れを隠すような低い声に、慶次はもう一度、


「ありがとう」

と、今度は明るく言うのだった。







*2010.冬〜下書き、2011.8.7 up
(当サイト開設・公開‥2011.6.19〜)

あとがき


ここまで読んで下さり、ありがとうございます!

結局、これさせたくて仕方なく…!単なる準備段階なのに、こんな長くなり申し訳ない;

慶次たちも似合うと思うけれども(^^)
元就の美人さを出したく(?) あたふたする幸村とニヤニヤする佐助たち、何気にナイトになってる元親、狂喜するかすがを見たかった。
欲望詰め合わせ♪

慶次、毎度クサくてすみませぬ(@_@;)

この話、ホント妄想し過ぎて; 今回はみ出した番外編的な話を次回に(・・;)


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