舞い、降りた4
「自分のこと、責めたりすんなよ?情けないとか駄目な奴とか…。俺も、良い先生に叱られて、言ってる言葉なんだけど」
慶次のイタズラめいた言い方に、思わず笑ってしまう幸村。
「まぁ…そんな風に悩んじまう真面目で優しいお前、すっげぇ──良い…と思うけどさ。だから、政宗もお前のことが、…好きなんだよな」
「──〜〜ッッ!」
途端に赤面する幸村だったが、
「まま、誰も聞いてないんだし、良いじゃんか!」
朗らかに笑い、慶次は舞台の上へ逃げる。
「け、慶次殿…っ」
「ちょっと触るだけ」
シーッと人差し指を唇に当て、慶次は舞台に置かれたままの、舞の小道具を手にする。
彼が扮している神の舞い手が使っていた、剣を模した二本の銀色の棍棒。
「あ、軽いよ。…よっと。──こんな感じ?」
巧みに操り、舞の真似をする。
(う、上手い…)
やはり、そういうことに向いているのかも…と思う幸村。
「幸もやってみなよ、ほら」
と、慶次は幸村に、金色の扇を手渡した。
「え、えっ…」
慌てて慶次の剣を受ける幸村だが、全く綺麗に立ち回れない。
「やはり、某には才能がないようで…」
「………」
慶次は少し考えてから、
「…これ、交換してみねぇ?」
「──はい?」
幸村が断る前に、無理やり棍棒二つを渡す慶次。
(………)
しかし、何故か今度はしっくり手に馴染む感触に、戸惑う。
白の神の舞を思い出しながら、身体を動かしてみた──
「やっぱ、お前はそっちのが合ってんだな…」
「………」
慶次のしみじみとした呟きに、幸村は、銀色の棍棒を今一度眺めた。
扇のときよりも、遥かに器用に動けた幸村。
舞でありながら、剣の勝負を交わしたかのような気持ち良さに、自然と顔が綻ぶ。
「慶次殿は、本当に上手でござった。扇も、すぐに慣れて」
「そーかい?嬉しいねぇ、ありがとな──っと、」
いつもの癖で頭を撫でようとし、慌てて手を納める。
「…あ、もう着替えるだけですから、構いませぬのに…」
と言ってから、『これでは催促しておるようではないか』と、後悔する幸村。
しかし、慶次は笑顔で、
「せっかく綺麗に仕上がってんだから…。勿体ないよ」
(──ッ、また…!)
幸村は、赤面を仏頂面で隠しながら、
「慶次殿、先ほどから…っ。そのような、女子に使うような」
『可愛い』などには、意思に反して大分慣れてしまった幸村だったが、その言葉は…
──とにかく、幸村が女扱いを嫌がると、よく知っている慶次が易々言うのは、我慢がならなかった。
「だって、本当にそう思う。…仕方ねーじゃん」
「……っ」
ますます顔をしかめる幸村だったが、ふと、鶴姫の顔を思い出し、
爪に目を落とす。
(そうだった…)
「──そう、ですな。綺麗な衣装でござる。慶次殿も、お似合いで…」
「ありがと。でもさ、」
慶次は笑って、
「綺麗な衣装だけど、それを着たお前が綺麗だって言ったんだ。女扱いじゃないよ。…お前をそんな風に見たことは、一度もない」
「──……」
幸村は、完全に言葉を失いそうになったが、どうにか最後の抵抗とばかりに、
「ならば……男らしい表現で、褒めて下され。そのようなものは、──想う方に言うべき…でござろう」
だが、慶次は、
「うん」
…と、ただ一言。
(ですから──)
幸村が言いかけると、
「いや、ごめんよ、待たせて!」
「お二人とも、お疲れ様でしたぁっ」
スタッフと鶴姫が現れ、会話は切られた。
「もう他の皆さんも終わって、毛利さんたちは着替えてるところです〜。…ですが、その前にっ」
「じゃ〜ん」と、大げさにデジカメを出し、
「お二人だけの写真を、撮らせて下さいっ」
と、満面の笑みで構える鶴姫。
「そういえば、…撮ってなかったなぁ」
「…はい」
二人は顔を見合わせ、何となく笑う。
…幸村の、先ほどまでの葛藤も、頭の片隅に引いていた。
「──では、行きましょうかっ。皆さん、お待ちですし」
数枚撮って満足したらしい鶴姫が、二人を引導する。
幸村が舞台から降りようとすると、
「……慶次殿?」
──彼の腕を掴む、慶次の片手。
「あ…」
慶次は、パッと離し、
「──裾。…踏まないように、気を付けてな?」
「あ、はい…」
舞台の照明が背後にあるせいで、その表情はよく見えなかったが、次に近くで目にしたときには、いつも通りの明るい彼であった。
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