舞い、降りた3


「慶次殿」

会場の壁際に立っていた慶次に、幸村が声をかける。


「──……」

「お疲れ様でござった。…この辺りで観ていても、大丈夫なのでしょうか…?」


幸村が思案していると、神社のスタッフがやって来て、

「二人ともお疲れ!この椅子使って」

と、立派なものを二脚、手渡した。


「ぬぁっ、すみませぬ!よろしいので?」

「ずっと立ちっぱなしで、疲れたろ?衣装は気にしないで、ゆっくり観てよ。終わったら、また声かけるから」

と、早々に舞台袖へと消える。

客席から離れた端の方で、周りには誰もいない。


「どうぞ、慶次殿」
「っあ、うん…」


(…?)


何やら口数の少ない彼を、幸村は不思議に思うが、


(──あ)


「あの…っ、どこか、おかしいところが…?」
「え?」

今頃気付いたのだが、慶次にこの姿を見せたのは、これが初めてだった。


「某、ガサツですからな…っ。もしや──何か、落としていたり…!?」

焦ったように、頭の飾りなどに手をやろうとしたが、


「触るなッ」

と、即座に慶次のもので遮られた。


「…あ…。──崩れるから、止めときなよ。大丈夫、どこも変じゃないから…」

掴んだ幸村の手首から手を離し、椅子に置く慶次。


「…ならば、良いのですが…」
「………」

それでもどことなくぎこちない彼の態度に、幸村の「?」は解消されなかったが、


「──こうした方が、見やすいな」

椅子を舞台に向かって斜めに設置する慶次に、「そうですな」と、にこやかに返す。


舞台に近い方を譲られ、幸村が座ると、慶次も腰を下ろす。

座っても幸村より上になる彼の顔と視線は、壇上へ真っ直ぐ向いていた。


(…想う方のことを、考えておられる)


そう思った瞬間、会場の明かりが少しずつ落とされていった。









舞に縁などなかった幸村だが、鶴姫からの予備知識のお陰か、物語の内容は理解することができていた。

背景に諸々の問題がいくつもあるのだが、本筋は二人の神の、出逢いから結ばれるまでの過程を表したもの。

ヒラヒラした長い裾を踏まずに、よくぞあんなにも軽やかに踊れるものだ…と幸村は、すっかり魅了されていた。


(慶次殿なら、舞も似合いそうであるな…)


チラ、と彼の方に顔を向ける。

自分の方が少し前になる位置だったので、自然そうしたわけだが…

──幸村は、すぐに戻した。


(……?)


見間違いであろう、と、再び今度はゆっくり動かすと、


(…では、なかった…)



まともにぶつかった、互いの視線。──時が止まったように、固まる。



…動かせない。



恐らく、一瞬のことだった。

すぐに慶次がハッとし、苦笑いの後、舞台を示す。
幸村も、醒めたように、慌てて前に向き直った。


舞台は、もう終演に近い。

白の神の踊り手が、彼の激情それそのままに、力強くも華麗に舞う。


…観ているだけで、胸がひどく締め付けられる。



唐突に、あの左目と、あの表情が浮かんだ。

次に、自信げに、あるいは皮肉ったように笑う顔。そして、優しく笑う顔、


──子供のように、無邪気に笑う顔…





(…甘えている…)



胸が押し潰されそうになり、少しだけ身体を下に折る。


舞台が閉幕しても、幸村は顔を上げることができなかった。













「ゆーき。もう、終わったよ?」

「…え?」


頭を上げると、おかしそうに笑う慶次の顔。


周りを見てみれば、誰もいない会場。

いつの間にか照明は消され、舞台だけが、ほんのりした光で照らされている。


「ボロ負けしたボクサーみてーに、項垂れてんだもん。お陰で、お客さんに寄って来られずにすんだけど」

「──あ、仕事は…」

「特になかったよ。相変わらず『ゆっくりしてて』〜って。後で呼ぶからって言ってたけど、忘れられてたりしてな」

ははっ、と冗談っぽく慶次は笑う。


「すみませぬ、ぼんやりしていて…」

「政宗のことでも考えてた?」


「っ!」

幸村がバッと見返すと、


「恋の舞だったもんなぁ…。こっちも、惚れ惚れするくらい」



(…きっと、それだけではない)


──その前に、あの瞳を見たからだ…



幸村はポツリと、

「『恋』とは…楽しく嬉しいだけでは、ないのですな…」


「………」

慶次は、そのまま目を伏せる幸村を黙って見ていたが、


「そうだな。…それも、『恋』ってやつなんだよなぁ」

うんうん、とわざと明るく言う彼に、幸村もクスリと笑う。


慶次は笑み返し、

「すげぇよなぁ?喜怒哀楽が常に付き物なんだぜ、『恋』ってのは。…生きてるってことだよなぁ、それってさ」


「──……」


幸村が呆れたと思ったのか、慶次は、

「いや〜まぁ…。俺なりに勝手にそう思ってるだけでさ…」

「あ、いえ…っ」と慌てる幸村を、小さく笑った後、


「恋だけじゃなくてさ。人との関わり全部が、そうなのかなぁって。だから、俺はお前に生かされてるし、その逆でもある。お前も、政宗を…。──みてーなことが言いたかっただけ。…あー、意味分かんねぇよなぁ…」


後悔したように、頭をもたげる慶次。


「元親や元就みたいに、もっと上手く言えりゃ良いんだけど」

「……っ」

幸村は、ぶんぶんと首を振り、全力で否定の意を表す。

[ 107/114 ]

[*前へ] [次へ#]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -