舞い、降りた2






──それから、数十分後…





「もう…感動ですぅ…。何てお礼を言ったら良いんでしょう、真田さん…」


キラキラという音が聞こえてくるほど、顔と目を輝かせる鶴姫。

愛しの小太郎を前にする際の表情に、負けずとも劣らずで、


「お、大げさですぞ、姫殿…」

と、幸村は焦るのだが、


「そんなことないよ!ほら、見てごらん?」

着付け係の一人に、鏡の前へと連れて行かれた。


「──……」


慶次の衣装と似通ってはいるのだが、下の穿き物の上にも長い生地が被さっており、女性を表しているのは一目瞭然。
さらにその上に羽織った、裾の長い織物。

あちらが白と銀だったのに対し、こちらは、赤と金が主となっている。
赤い布地に金糸の刺繍は、レプリカと言えど、本当に見事なもの。

額には金色の髪飾りで、両耳の上に被さるよう、楕円形のモチーフが繋がっており──そこから、糸のような繊細な細工がいくつも下がり、動く度にシャラシャラと揺れる。

後ろ髪は高い位置で結ばれ、慶次と同じく飾り紐が絡められていた。


「本当に、お似合いです…っ。ねっ?全然変じゃないでしょう?」

鶴姫が、ウットリしながら、幸村の目元を指す。──瞼の上下と目尻に、ほんのり薄く付けられた、赤。
に加え、唇の上にも薄い紅が引かれていた。



…確かに、おかしくはない。


むしろ、この衣装には合っている気がする。

いつもの自分のままでは、神様に申し訳が立たない気さえも──


それに、学園祭でやった『女装』とは、全く違うものに思えた。

女性のように見えるが、どうしてか、恥ずかしく思う気持ちがそこまで湧かない。
初めて見る衣装で、しかも変わった形をしているせいだろうか?


(どちらにしろ、アルバイトなのだから…)


はしゃいで写真を撮る鶴姫を見ている内、幸村の心情も前向きになっていく。


舞が始まるまでは慶次と持ち場が離れているが、本番中は、一緒に舞台を観れば良いと勧められた。


とりあえず、知り合いに会ったら何と言うべきか、それだけが少し不安な幸村だった。











真田家の大晦日と元旦は、兄妹二人きりで迎えるのが、毎年の恒例であった。

資産家である信玄の親族は、恐ろしいほど多い。
年末年始には彼らが一斉に集まるので、二人とゆっくり過ごしたい信玄が、そうするように決めたのだ。

大晦日の前と、正月三日が明けてから、二人が向こうで世話になる。
なので、今夜はかすがを待たせて悪いと思ったのだが、彼女は彼女で孫市と会う約束をしたらしく、幸村はホッとしていた。

──と、いうのに。


「本当に……驚いた…」
「それは、こっちこそだ。…内緒で来るとは」
「ごめんごめん。姫に会いたかったからね。…まさか、お前がこんなことになってるとは、思わなくて」

かすがが、感心したように、幸村の全身を眺める。
隣には、同じく驚いた顔の孫市。

舞の舞台が設置されている会場の、入口の一つにて、幸村は指示通りのパフォーマンスを行っていた。
そこに、知り合いどころか、家族が突然現れたというわけだ。

しかも、彼女たちだけでなく…


「さっき前田にも会ったけど、あちらさんも、よく似合ってたねぇ」

幸村の持ち場から慶次は見えないのだが、彼のいる方を示し、官兵衛が言った。


──何と、生徒会メンバー全員も、一緒に来ていた。

皆、鶴姫の家の近所で、昔からの習慣でもあるらしい。


「毛利たちの売り場、すごい繁盛してたな。何かあったのかねぇ?やたら愛想良かったけど」

寒気がするとでも言うように、官兵衛が、ぶるっと震える。


「真田、写真撮っても構わないか…?」

ずっと黙っていた孫市が、若干緊張気味に申し出た。

「う…、…はい…」

恥ずかしがる幸村だったが、それでも何とか、笑顔で彼女の隣へ並ぶ。


「──ならば、先ほどのアレを貸してやると良い、黒田」
「ん?…ああ、そうか」

吉継からの言葉を受け、官兵衛がデジカメをかすがに渡した。

「用意が良いじゃないか」

かすがも、珍しく顔を和らげ言うのだが、


「いや、さっき売り場で、伊達に無理やり持たされた。真田たちのこと聞いたらしくて、撮って来てくれと『頼まれた』んだ」

「…あいつは、こういうことに関しては、プライドも何も全て見失うようだな」

三成が、冷めた口調で呟いた。


他人のカメラで、孫市と幸村の写真を数枚撮った後、


「ホレ、邪魔者がおらぬこのような機会、そうそうありはせぬぞ?三成、ヌシも撮ってもらえ」

「刑部、何を…」

「あー、ホントにそうだよなぁ。特に、あのあいつな。──よし、小生も頼むよ。真田、本当に似合ってるぞ」

「あ、ありがとうございまする、黒田殿」

「──官兵衛、邪魔だ」

「ぅえっ?そりゃないだろう、三成っ。ちょっと待ってくれても」

「黒田…ヌシは顔が入らぬが、構わんよな?」

「あのなぁ…」


「おい、撮るなら早くしろ。幸村は仕事中だ」

「あ、いや、もう終わって…」

もう少しで舞が始まるという時刻になっていたので、幸村も彼女たちを引き留めたのだ。


「せっかくですから、大谷殿もご一緒に」

「それは光栄よな。すまぬなぁ、二人とも」

不敵に笑い、幸村の隣に立つ吉継。


「………」
「………」


──結局は、仲良く?四人で撮ってもらった。


「あいつらがいないと、本当に平和だよなぁ」

「…それは言えてるな」

官兵衛の言葉に孫市が答えると、他の三人も同様に頷いた。


「そうだ、かすが。今日…」

幸村は、この後帰りが遅くなるかも知れない、と伝える。


「心配するな。かすがは、私がきちんと送り届けるから」
「しかし、それでは孫市殿の帰りが…!」

「真田…」

自分の身を案じる彼に、心の中で拳を握る孫市。


「あの…」

幸村は、遠慮がちに男性陣をジッ…と見上げる。


「──もちろん、初めからそうするつもりだった。私たちが、二人を送る」

「石田殿…っ」

感謝に輝かす顔から、見辛そうに目をそらす三成。
その頬には、わずかだが朱が差していた。


「まぁ、孫市なんかは心配いら…──安心しな?真田」

孫市の静かなる視線に、すぐに顔の向きを変える官兵衛。


(…さほど平和でもなさそうだが)


かすがは呆れ、吉継は陰で一人、ニヤリとする。

舞がもう始まるというところで、五人は幸村に手を振り、席の方へ戻った。


自分のいる対角線側に白い姿が見え、幸村は急いでそちらへと向かうことにした。

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