決別2


「…やはり、元就殿と佐助は、似ておりまするな」

ふふっと笑い、幸村は元就の背に回した腕を上げ、彼の後ろ頭を、そっと撫でる。


「二人とも、普段は、そのような部分を決して見せぬゆえ。つい、自惚れてしまいそうになりまする。…某と同じほど、自分を慕って下さっておるのだろうか…と」


「…同じではない。──それ以上よ」

元就の呟きに、薄く染まる幸村の頬。


「いいや、こちらも譲りませぬぞ」

幸村は腕の力を緩め、

「元就殿は、思い出された後、某に対して何か変わられたのですか?…小学生のときや、今の某との思い出は、霞んでしまわれましたか?」

「そのようなわけがあるまいッ、何を馬鹿な──」


(…あ…)


元就の脳裏に、あのとき聞いた言葉が浮かぶ。


「──大事でござるよ、元就殿。出会ったときから、ずっと。そして、この先も。…嫌うことなど、あるはずがない。某にとっては、今の元就殿が、元就殿なのだ。

…ただ、また会えたのだとしたら、きっと、それは偶然ではないのだと。こうしてお互いを知るために、出会ったのです。ならば、某はそれに感謝しとうござる。ゆえに…」


元就は、自分の方から幸村の身体を抱き締めた。──初めてのことであり、…二度目はないと、頭に刻んだ。


『今のお前がやったことじゃない──だろ』


あの、少し泣きそうな、しかし笑っていた顔を思い出す。

…自分は、何て恵まれているのだろう。


(ここまで言ってもらえるなど、…充分過ぎる)


元就の胸は、少しずつ温まっていった。


「………」
「………」

二人は離れ、何となく照れたように笑い合う。

その微笑みも、以前は幸村の前でしか見せなかったというのに、今では…


「しかし、もう気にしていないのだと思っていた。その話は…」

こちらも忘れてしまいそうなほど、幸村は、毎日満ち足りた顔で過ごしていた、…ように見えた。


「ええ、最近までは、そうでございました。今がもう、それは楽しくて…──ですが」

幸村は、少し躊躇したが、思い直したように、

「…近付きたいのだ、少しでも…」


ポツリとこぼし、窓に目を向けた。

…沈みかけた太陽が、彼を照らす。
横顔が橙色に染まり、瞳の中を光の瞬きが踊っている。


──元就は、急に理解した。



「…我も、待つことにする。…お前が、思い出す日を」

「えっ…」


元就は微笑し、

「ありがとう…先ほどの言葉、嬉しかった。そして、お前にもそっくりそのまま返す。…我は、今のお前が何よりも、」


──恐らく、これも最初で最後になるだろう言葉。

本当の意味は伝わらなくても、口にできたことに、万感の思いが湧いてくる。


「某とて、元就殿のことが、」


いつぞやの佐助との約束も忘れ、同じ言葉を返す幸村。

いや、たとえ覚えていたとしても、彼の応えは変わらなかっただろう。


決別と決意が同時に訪れ、…しかし元就は、その言葉だけは胸の奥底へ、何よりも大事に納めることにしたのだった。













「──なかなかのモンだろ?」


「…ここで、何人もの相手を口説き落としたというわけか」

元就は、眼下に広がる見事な街の夜景に、真っ先に湧いた感想をもらす。


「Shit…せっかく連れて来てやったってのに、何だ?この待遇。…オメーが初めてだっての」

「ほう?」

「他の女と来た場所に、あいつを連れてくわけねーだろ?ったく、楽しみにとっといたってのに、オメーが無茶言うからよ。他に思い付くとこもねーし。ぜってー幸村に言うなよっ?…あ〜あ…honeyとのmemoryにするつもりが」

「ぐちゃぐちゃとうるさい。喋らぬと申しておろうが。二人で来た際に、いくらでも言えば良かろう。『ここに他人を連れて来たのは、お前が初めてなんだぜhoney』?どうせ、そのような機会はないであろうがな」

「Oh〜…いつもと同じじゃねーか。泣きそうな声で『今すぐバイクで来い』って電話してきたのは、どちら様でしたっけ?」

「誰が」

「そりゃ、こっちの台詞だ。…家近ぇんだから、元親に言えば良かったろーに」

「学園からは、お前の方が近いであろう。それに、あやつがこのような気の利いた場所を、知っておるとは思えぬ」


「…まぁ、そりゃそーだな」

政宗は、少し語調を緩め、


「気、利いてるか?…幸村の奴、喜ぶかな…」

「…さぁな。あやつは、女ではないぞ」

「分かってんよ。けど、綺麗なもんを見て感じることは、男女関係なく同じだろ?」


(………)


元就は、光の海に吸い込まれるような心地でいた。
一人でいれば、果てしなく長い時間、見つめていたかも知れない。それこそ、気温が下がりきる夜中まで。

…そうならなくて良かった。
隣の、やかましい悪友との言い合いに、何故だか心が落ち着く。


「お前は、態度が大きくて我儘で自信家で、幸村には到底似合わぬと、心底思うが…」

「…Hey、そりゃオメーも、全く同じじゃねぇか?」

だが、元就は無視し、


「──その気持ちと、あの勇気だけは認めてやる。…お前は、割と……良い男だ」


「Ha…」

政宗は、これまでになく唖然とする。…口が、馬鹿みたいに開ききっていた。


「あやつでなくとも、素晴らしい景色だと思うであろう。礼を言──ってやる」


「…………元就様?」

ゾォォッ、と青ざめた顔で、政宗が身震いをする。

ピキ、とこめかみに青筋を立てる元就だったが、


「『初恋は実らぬ』とは、誰が申した言葉であったかな…」

と、再び夜景に目を落とした。

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