変身5


「――ったく。旦那は、立派な男の子だっつーの」

ドスの利いた声で呟くと、


「当たり前だ…!」

半ベソ状態で抗議する幸村。


「あー、違うの。旦那に言ったんじゃなくて」
「……はぁ」

佐助の声など耳に入らぬように、幸村は溜め息をつく。
それは、悩ましげなことこの上なく…


「旦那ッ!そんな顔しちゃダメ!!」
「ぬ?」

佐助の慌てっぷりにキョトンとなるが、それすらも可愛らしくて仕方がない。
どう足掻いても、その顔では増すのは可憐さのみ。


(ああ――嫌だ。…旦那が、そんな目で見られるなんて)


虫唾が走る。――止めろ、マジで。

旦那は誰より格好良い、男の中の男なんだよ、畜生…


可愛いところは、俺様だけが知ってりゃそれで良い――




――……って、何だそりゃ。


何思ってんだ俺は、と佐助は首を振る。


「旦那……ごめんね?」
「えっ?」

驚いたように佐助を見る幸村。


「俺様がもっと美人になれてたら、旦那にこんなことさせずに済んだのに」
「さ、佐助…」


「………」

ハタから見ていて、一体何のコメディが始まったかと思う元親だったが、本人は至って本気のようで…


「本当にごめん。つい……優勝したら、旦那とスキー行けるんだ、とか思っちゃって。…旦那、喜ぶかなぁって」
「佐助……そう――だったのか…」

「くそ…ッ俺様が、もっと女らしければ…!」
「佐助、もう良いのだっ!悪いのは、俺だ。男らしくない顔の、この俺が」

「旦那は充分男らしいよ!誰より男前なんだよ!?これは、明智先生の腕前がすご過ぎたせいだって!皆、美人になってたし。だけど、旦那が一番顔が良かったもんだから――それで、こんな結果になっちゃっただけだよ!」

「さっ、佐助ぇぇ……!」

幸村はガシッと佐助の手を握り、


「ありがとう!お前のお陰で元気が出た!」

「旦那、良かった……!」



「――俺は、決めたぞ」

繋がれたままの手に力を込め、

「やるからには、全力を尽くす!必ず優勝して、スキーを手に入れる!お前と、クラスのために!」


「だ、旦那ぁ……!」

嬉しいけど、頑張られると逆に困ったことになりはしないか?とも思う佐助だったが、すっかり元気になった幸村の前では、そんな危惧も薄れてしまう。


(…ホント、バカだなこいつ)


元親は、一連の流れを呆れて見ていたが、


(――あ、こいつらのが重症だわ)


未だにポカンとしたまま幸村を見ている政宗と元就の目の前を、手で何度もヒラヒラさせるが…何の反応も返ってこない。


「戻ってこーい」

二人の前に、彼らが飲んでいたペットボトルの水を差し出すと、ボケッとしながらもキャップを開け、口に含む。


……大丈夫か?



「真田、食うか?」

家康が、持参していたらしいお菓子を幸村に見せた。

「――しかし」

遥か向こうの光秀の目を気にする幸村だが、放課後の緩んだ雰囲気に、かなり前から続く空腹感…


「…頂きまする」


それは、棒状のチョコスナック。

あむっと口にすると、唇に付けられたグロスがくっ付き、顔をしかめる幸村。
もう、一口でいってしまおうか、と下の方を支えながら頬張ろうとすると、






『ブーッ!!』






「……貴様、何の真似だ」


さすがに意識を取り戻した元就。――隣の政宗に、とてつもなく恐ろしい顔と目を向けて。


「げっ……元就」

政宗は、すぐさま青ざめる。


全員よく見ていなかったが、どうやら政宗がむせて、元就の顔に水を浴びせてしまったらしい。それも、盛大に。

…ポタポタと滴る雫。


「どーしたんだよ、お前…」

元親が面食らいながらも、ふと幸村に目をやると、お菓子を口にした状態のまま唖然としている。


…まさか、と思った瞬間、元親のすぐ横から腕が飛んできた。


その鉄拳は政宗に避けられ、彼のバッグにめり込む。



「――政宗ェ」

ゆらっと顔を上げながら、「消去しろォ……さっき思ったこと」



「さっ、佐助――さん」

あまりの形相に、震え上がる元親。


ちなみに、幸村には背を向けているため、佐助の顔は見えていない。いつものケンカが始まった程度にしか思っていない幸村は、

「元就殿っ、大丈夫でござるか……!?」

と、心配そうに立ち上がろうとするが、大丈夫だと元就に制されて、大人しく座り直す。――元就でも、今の幸村に近付かれると緊張するものがあるらしい。


「生まれたときの記憶から、綺麗さっぱりデリートしてやんよ…」

クスクスと不気味な笑みとともに、佐助は政宗へと近付く。


「Ha!生まれたときの記憶なんざ、ハナから覚えちゃねーよバカ。幸村にぶっかけなかっただけ、評価もんだろーがよ」

「してたら今頃アンタ、顔面血まみれ」

「Ah?そりゃ、鼻血でってか?まぁ、イイ絵ヅラだろうがよー、漫画じゃあるめーし、んな簡単に出ねぇよ」

「は?絵ヅラ?」

「だから、幸村の顔に俺の」


佐助の目に、元就の顎から滴り落ちる水が映った。


「……何なら、お望み通り出してやんよ、この変態ッ」
「ってか、何でお前が、んなキレんだ?俺ァ、ただむせちまっただけだろ〜?」

「どこ見てむせたかなんて、完璧バレバレ」
「そりゃ、オメーも同じこと考えてたからじゃねーの?」

「死ね。や、殺す」
「お前が死ね」


「おい――頼むからやめて、マジで」

元親が溜め息とともに間に入り、


「政宗、お前それより、あっちだろーが…」
「Ahー?」

ギッと元親の指す方を見ると、ムスッと顔を手の甲で拭う元就。


「!!――Sorry!」

慌てて政宗は元就の手を掴み、「洗って来る!」

と、視聴覚室を後にした。


「美味かった!ありがとうございまする、徳川殿」

幸村は何事もなかったかのようにニッコリとし、

「佐助、ティッシュ持っておらぬか?」

唇に付いたお菓子の粉を、ペロッと舐める。



「もうこれ、とっても良いよな…?」

立ったままの佐助を見上げるため、無意識に上目遣いになる幸村は、元親から見てもかなりの攻撃力。


「…っうん!俺様、とってあげる」

たちまち優しい顔になり、幸村の口を拭う姿は、ほとんど母親か何かのようだ。


ただ、母親ならば頬を赤らめたりはしないよな……と思う元親だった。

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