スキー研修B-3
「何の力にもなれぬのは、よく分かっておりまする。…ですが、どうしても気に…かかり…。いつもの慶次殿とは別人のような、…辛そうな顔をされるので」
「──……」
慶次は、幸村が何の話をしているのか、ようやく理解しつつあった。
「恋…とは、楽しくて嬉しいものなのでしょう?…なのに、慶次殿はずっと苦しんでおられる気が致しまする。たまに見えるだけでも、ひどく哀しそうな顔を…」
初めて自分から持ちかけるこの手の話。幸村は、必死に自分なりの言葉を探しながら、
「あのときは、嬉しいことの方が断然多いのだ、と笑っておられた。哀しいことや、寂しいことよりも。──それが、逆となってしまわれたのですか?…あれからずっと、そのような思いを抱えて…?」
「………」
慶次は、何か言おうとするのだが、上手くいかないらしい。
幸村の中で、申し訳なく思う気持ちが大きくなる。──が、もう後には引けない。
「慶次殿は、いつも某に…。…某とて、返したいのだ。もらってばかりは嫌で…我慢がなりませぬ。慶次殿が、そのような思いをするのが」
慶次の片手に軽く触れ、
「かと言って、止めれば良いのにと申しておるのではござらぬ。慶次殿の想いは、知らぬ分からぬの某にも、尊いものだと伝わって参りますので。…ただ、
皆…おりまする。──某も。慶次殿が楽しめるならば、某とて付き合いまする、『サボリ』でも何でも。笑えるのなら、いつも以上に某をからかえば良い。…その苦しみが小さく見えるまで、とことん一緒に遊びましょう。少しは、軽くなるやも…」
「幸」
「…っ、はい」
強い語気で、名だけを短く呼ぶ慶次に、幸村は緊張する。…のだが、
「ごめん……ギュッてして良い?」
「え?」
俯いた顔で両手を差し出してくる彼に、幸村は驚いてしまう。──いつも、断ったりなどしないのに。…先ほどだって。
「どうぞ…?」
不可思議に思いながらも、とりあえず、そう答える。
「…りがと…」
今度は呟くように言い、幸村のすぐ前まで近寄った。
──やはり、果てしなく優しいその腕。
…幸村の心は、安堵に包まれる。
「っとに……情けねぇ……」
唸るように言うと、その腕に力が加わり始めた。
「慶次殿、」
「ごめん。…もうちょっと」
…さらに、強く抱き締められる。
右腕は背から腰に、左手は後頭部へ。
お陰で、慶次の胸から肩に顔を押し付けられ、少々息苦しい。…だが、幸村に痛みを与えないよう、きちんと気が払われていた。
さすがに真正面からでは、鼻が潰れる。少し顔を横にずらすと、耳が胸に当たった。そこから入ってくる音が…
(…何故、こんなに…)
釣られてしまいそうになり、幸村は思わず身動ぎする。──が、慶次の力は強まるばかり。
「あの、」
「…やっぱ、相変わらずだよなぁ、…幸」
含めるように笑い、慶次は腕をゆっくりと離した。
(慶次殿…)
幸村は、その顔をつい凝視してしまう。
…頬の上を赤らめ、瞳には熱を帯びた…
──燃えている。
それ以外、表しようがない。
…普段は、風のように軽やかであるのに。
「ありがとな、心配してくれて…」
「いえ、あの…」
「…じゃあ、早速また甘えちゃって良い?」
「え?」
慶次は、小さく息を吸うと、
「ここにいて──…朝まで。…一緒に」
…真剣さの中に走る、強い緊張。
幸村は、迷うことなく頷いた。
「…本当に勝手なこと言うけど、これからする話、聞いたら忘れてくれねぇかな。振りでも良いからさ。…俺、しちゃいけないこと、しようとしてる」
「──分かり申した。約束致しまする」
慶次の思い詰めたような顔に、幸村も真剣な表情で応える。
何がどう悪いことなのか、少しも想像できなかったが、聞けば、これまでよりかは近付ける──そんな淡い期待を胸に、慶次の言葉を待つ。
広いベッドで二人、横になっていた。
『暑いから』と、幸村に布団を全て渡し、端の方で仰向けになった慶次。…近いようで、遠いような。
枕元の小さいライトが、その横顔をうっすらと照らす。
「俺…また初めて知った。そんな顔、幸に見せてたなんて。…全然気付かなかった」
自嘲するように言うと、
「カッコ悪いし、情けねぇ。…けど、それ以上に喜んでんだから、本当に呆れるよ。…お前が気にしてくれてたって、…それだけでこんな…」
と、視線だけを幸村に向かせ、笑った。
「そのようなこと…。恥じ入ることではありませぬ」
元親の言葉を思い出し、伝えられて良かった、としみじみ思う幸村。
彼の言った通り、…喜んでもらえてはいるようだ。
「やっぱり、嬉しいことのがスゲェ大きいのは、変わんないよ。辛そうってのは…。俺、似合わず、色々考えちまうみてーでさ。…まぁ、ただの臆病者だって話なんだけど」
「………」
幸村は、静かに耳を傾けることに決めた。
「毎日が楽しくて、色んな顔見るのが大好きでさ。…一緒にいられるだけで、幸せで。いつも、想いを伝えるのを忘れちまう。バカだなーって思うんだけど、自分が『今だ』って心底感じたときで良い…とか考えててさ」
「はい…」
幸村が小さく相槌を打つと、慶次は、また少し間を開ける。
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