変身4
「てっめぇ……何てことしてくれやがったんだ」
元親は、光秀をギロリと睨み上げた。
「心外ですね。そんなことを言われる筋合いは、ないと思いますが」
光秀は椅子に座る幸村を見下ろし、
「思った以上に、やり甲斐のある素材でしたねぇ」
「なになに?どんな感じ?」
今や元親と家康を除く男子全員が、顔だけは女性になり、光秀と元親の影に隠れている幸村を見ようと寄って来た。
「あー、見るな!寄るな!写真撮んな、絶対!」
元親が大の字で幸村を庇うので、ちっとも見えない。その隙に、光秀は幸村の頭にウィッグを被せている。
「てめッ、余計なことすんじゃねー!」
「元親殿…」
状況の掴めない幸村は、救いを求めるかのように、弱々しい声を出す。
「どれ」
「あ!!」
かすがが、すいっと元親の脇をすり抜け、幸村の正面に立つ。
「あ、かすが…」
「ゆっ、き――…ッ!?」
息を飲む声と、次に聞こえたのは、
「お前……っ!似合い過ぎだろ――」
彼女の、『謙信様ぁぁーん…!』くらいのうっとりした口調で、「あり得ない!」と何度も叫びながら、幸村に抱き付いている。
「かすがぁっ!?」
幸村も、初めて見るかすがの行動に相当驚いているようだが、それに気をとられポカンとしていた元親を押し退け、女の子たちがドッと集まって来た。
たちまち沸き上がる、黄色い声。
「可愛い!可愛過ぎるよ〜!!何これっ?どこの子!?」
「マジ惚れたー!!嫁にもらうぅ!」
「やだ、私の!絶っ対、持ち帰るッ」
――異常な興奮を見せる女子たち。
あまりの熱狂振りに、自分に対して言われていることなのかどうか、怪しく思ってしまう幸村。
(嫁って……普通、逆ではないのか?)
ちんぷんかんぷんで、破廉恥と思うより前に、ただただ首をひねるばかり。
「こら、私の妹に触るな。妹はまだ嫁にやらん。天然記念物並みに、純情で純粋なんだ」
「かすが……妹はお前だろう」
「今、すっごく兄の気分」
ああ、駄目だ。こんなに混乱しているかすがを見るのは初めてだ…
「これは、雑賀さんと並べば、さぞや…」
「優勝、もらったも同然だよね」
もう、それよりも早く二人のツーショットを見たくて仕方ない彼女たち。
「おい、マジかよ…」
元親が、頭を抱えた。
「ど、どういうことにござるっ?まま、まさか某が――」
青ざめる幸村を見て、
「ほら、無理だろ〜。当日、ずっとこんな顔するぜ?コイツきっと」
「お前…何一人占めしようとしてるんだ」
かすがからのとんでもない一言に、元親は仰天する。
「何言ってやが」
「この可愛さを隠すなんて、罪!」
他の女子からも、ブーブー非難の声が上がる。
「真田くん、お願いー……」
「あなたこそが、勇者だったの!」
全員が目をウルウルさせると、幸村の顔はどんどん情けなくなっていく。
「ちょっとちょっとー、男子の意見も取り入れてよ」
外野から佐助たちが口を尖らせ、
「とりあえず、旦那見せて」
男子が下へ降りて行くと、何だか見せるのが惜しそうな顔をする女子たち。
(何なんだ、この連帯感…)
居心地悪さを感じながらも、渋々空けてくれたところへ入り込むと、立ちはだかるは元親とかすが。
「…だから、見せてってば」
「てめぇ、さっきから何だっつーんだ」
「どけ」
佐助、政宗、元就が穏やかでない表情で言うと、
「…お前ら、絶対後悔すると思うけどな…」
「写真撮影、禁止。撮った奴、タダじゃおかない」
かすがの顔は、般若の如し。
「代表は、元就殿でござる…」
二人が脇に寄り現れたのは、椅子に座ったままブツブツ言っている幸村。
肩までのウィッグを着け、頬を染めたまま目を下にしているが…
「だ、んな……?」
呆然と呟く佐助の声に、ゆっくりと視線を上げる。
顔は幸村に違いない、だが――
……化粧一つで、こんなにも。
政宗も元就も、同じように固まっている。
「すっ――…げぇー……!」
周りの男子のどよめきに、三人は我に返った。
「勇者真田!君にクラスの運命がかかってる!」
「優勝は決まりだな、これ!毛利も良かったけどさ」
「お前が出れば、確実だわ」
「だよねー!女から見ても、超イイもん!」
「そうと決まったら、衣装だけどさー…?」
体育祭のときよりも、男女が団結してないか?という空気である。
「衣装なら――」
と、光秀が分厚い本を広げて見せる。
どうやら、様々なコスチュームのカタログらしい。
「おー!」と、群がるクラスメイトたち。
――その後、クレンジングシートが配られ、幸村以外の男子はスッピンに戻った。
「…某も、早く洗いたいのに」
悲しげに言う幸村だが、衣装の候補を決めるまでは!と懇願され、従っている。
出場への決定打は、女子たちからの涙ながらの訴えと、かすがの、『好きなだけ甘いものを食べて良い日』を一日やるという、正に甘い囁きだった。
幸村の機嫌を損ねないよう、ほとんどの生徒が前の方に集まって、衣装決めに専念している。
たまにチラッと幸村を窺う(男子の)目は、中にはどこか勘違いしているような、陶酔を含むものもいくつか。
佐助たちは、そういうのを見つけては、殺気立った視線を惜しみなく向けてやるのである。
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