スキー研修A-2
「………」
幸村は、時計を見てげんなりした。
…午前六時前。
(まだ眠れるのに…)
一度起きてしまうと、いつもの習慣から完璧に覚めてしまう。しかも、既に──空腹。
下のレストランは、そろそろ開店時刻。
皆には申し訳ないが、一足先に食べることに決め、準備を整える。
…昨晩は、すぐに眠ることができなかった。
せめて、使う体力分のカロリーだけでも、多めに摂っておきたい。
静かにドアを開けると、
「お?…早ぇな」
向かいの部屋から、元親が現れる。
「元親殿こそ!」
「なーんか、目ぇ覚めちまった。…もしかして、飯?」
「はい、もう耐えきれず…」
元親は笑って、
「俺も。ちょーど良かった」
───………
レストランに入ると、やはり、来客者は数えられるほどしか、いなかった。
朝食も、和洋バイキング。
コーヒーや、パンの焼ける良い匂いが、食欲を増加させる。
「なぁ。最近佐助の奴、えっれぇ上機嫌だろ?」
「え?」
元親は小さく笑い、
「お前のお陰みてーだな。…ほら、こないだ教えてやった話」
「あ……」
幸村は照れたように、
「元親殿にも、そう見えまするか…?某、自意識過剰なのでは、と思いながらも…」
「んなことねぇ。ありゃ、確実にお前の功績だ」
「そうですかな…」
幸村は、素直に受け取ることにしておいた。
「…佐助は、以前よりも笑うようになった気が致しまする。さらに優しく…楽しそうに」
「ああ。そんな感じだよな、本当」
幸村は嬉しそうに笑い、
「某、佐助が笑うのが、大好きなのでござる。あやつが笑うと、ひどく嬉しく……温まりまする。…不思議なくらい」
「…向こうもそう思ってんぜ、きっと」
元親の言葉に、幸村は微笑んだ。
「『ああ、良かった』──と、いつも思いまする。…見る度、ホッとして」
「お前くれーだろな。あいつを、そんな…頼りにできるような奴」
「頼りに……そうですなぁ」
幸村は、頷いてから、
「しかし、笑う顔にホッとするのは、そういう意味ではござらぬ。自分が落ち着けると言うよりは、佐助がそうであって、本当に良かった──と、強く思えるような…」
「へえ…」
「佐助が、佐助らしくいられることに、何故かひどく安心致しまする。…幸せであることに」
「──……」
無言の元親に、幸村は慌てて、
「やはり傲慢ですよな、そのような。上から目線と言うか」
「いや、んなことねーよ!」
元親は急いで返し、
「つい、感じ入っちまってよ。や、悪い意味じゃねーよ?──あいつ…幸せもんだな」
「………」
幸村は、あえて謙遜の言葉を吐かず、
「幸せ者は、某の方でござる。…皆が、笑ってくれて…」
「──幸村?」
それきり黙ってしまう幸村を、元親が心配そうに窺う。
「元親殿…。某は、本当に…どうしようもない…」
「ど、どーした…?」
いつもの元気の良さがなくなり、痛みを我慢するような表情になる幸村。
元親の心は、一気に不安に染まる。
「佐助や元就殿には、一度呆れられて…元親殿しか、おらぬのです。良くないことだとは、分かっておりまする。しかし…」
真剣な面持ちに、苦しげなものを浮かべ、
「ご存知であれば……お教え頂けませぬか?──慶次殿の、想う…」
(へっ──)
元親は、正にびっくり仰天。
それはそうだろう、まさか張本人から尋ねられるとは…。──しかも、絶対にしそうにない、この幸村が。
「ビビった…。けど、どうした?急に…」
…その顔からして、理由は、甘ったるいものではなさそうだ。
元親は、少々残念に思いながらも、尋ねてみる。
「………」
幸村は、ためらいがちに、
「時折、ひどく辛そうな顔をされるので…」
(あいつ…ダダもれじゃねーか)
つい、溜め息をつきたくなる元親。
「どうすれば…」
「まぁ待て、幸村」
元親は、必死になる彼を制し、
「…てか、呆れたりしねぇよ。あいつのこと、心配してくれてんだろ。…ありがとな」
と、その頭を軽く撫でた。
「そのような…」
バツの悪い顔になる幸村を、元親は微笑んでいたが、
「ただなぁ…。俺も、分かんねーんだ。あいつが今、どんなこと考えてんのか。…とりあえず、あの気持ちが果てしねぇってことは、よーく知ってっけど」
「──それは、某でも分かりまする」
「…え?」
「あの瞳を見れば、一目瞭然…」
「──……」
「元親殿?」
「…っ、」
…呆然としていたらしい。
元親は、幸村の声にすぐ己を取り戻す。
「…悪ィ悪ィ。──なぁ、幸村」
「はい?」
元親は咳払いをすると、
「これ……あいつに直接、聞いてみりゃどーだ?」
「え、え…ッ!?」
目をむく幸村。
「いや、俺も、お前の悩みが解決するような話、してやれそうにねぇしよ。本人の口から聞くのが、一番だろ」
「し、しかし…っ」
「俺が許す!──誰なのかとかは良いから、何を苦しんでんのか…お前が、どんだけ心配してんのかって…」
元親は言葉を切ると、
「…ああ、それだけでも良いや。それ聞いて、ムカつくよーな馬鹿じゃねぇから、あいつは。…普通は、喜ぶ」
「で、ですが…」
すっかり驚き顔に変わった幸村に、元親は安堵したように笑う。…そちらの方が、何倍も心臓に良い。
「人間っつーのは、単純だからよ。…気にかけられてるって知るだけで、全然違ってくんだよ。気持ちとか…視界とか」
「………」
…それならば、自分にも経験があるので、よく分かる。
──幸村の表情は、少しずつ、明るいものへと変わっていった。
「まぁ、機会があるときで良いからよ。もし、あいつがキレたら、俺が聞けっつったって言や良い」
「まさか、そのような…」
「やー…事実だしよ」
「──……」
苦笑いする元親に、幸村も同じようなものを返した。
元親は、「うし!」と立ち上がり、
「ほら、まだ食べんだろ?おめーの好きな甘ぇもんも、たっぷりあんじゃねーか。混む前に、じゃんじゃん食っとけ!」
幸村も急いで倣い、
「もっ、もちろんでござる!まだまだいけまするぞっ」
──それからは、いつものように、男らしく行き勇む二人。
最後は楽しい朝食となり、幸村は寝不足も気にならないほどになっていた。
反して元親は、その事実を知った他のメンバーから、またもや文句を付けられる羽目となるのだった…。
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