変身3
「あ〜…もうこんな時間かぁ。俺、バイト行かねーと」
慶次が名残惜しそうな顔で、「俺、元就に一票ね。後はよろしく!」
結果はまた教えてくれ、と佐助たちに言い残し、出て行った。
「…さあ。真田くんも、早くいらして下さい」
教壇の上で、ニヤニヤと光秀が手招きしている。
「あの…元就殿が代表者になるのでは」
「何事も、公平に決めるべきだろ?皆、我慢してしたんだからさ」
「全員やりゃ、団結力も高まるってもんだよ」
既にメイクを終わらせた者たちからの声に、幸村もウッとなり――観念したかのように、光秀の元へ降りて行った。
もちろん、元親の『護衛』付きである。
佐助、政宗、元就は、ウィッグを着けてみたり、女子からヘアアクセサリーなどを貸してもらいながら、本格的に極めようとしているので、全く役に立ちそうにない。
「…綺麗な肌。ベースはほとんど無用ですねぇ」
光秀が、うっとりとした表情で幸村の頬に触れようとし――元親に、ベシッとその手をはたかれる。
(――皆……しているのだし)
恥ずかしいが……恥ずかしくないはず、だ。
……覚悟を決めろ……!
幸村は深呼吸し、
「よろしくお頼み……申す」
と、軽く目をつむった。
慶次のバイト先は夜の十二時まで開いており、カフェブースは帰宅途中のサラリーマンや、飲み会の一次会帰りのOLなどで盛況する。
慶次は高校生なのでせいぜい八時頃までのシフトだが、両親が手掛けている店の一つであるため、その辺は多少目をつぶってもらっていた。
慶次の両親は、全国にいくつも飲食店を持つ経営者。――実は、彼も相当なお坊ちゃんなのだった。
将来継ぐかどうかは別として、社会勉強の一環にやってみたら、という両親からの提案に乗ったのが、去年の夏。
特別甘いものや外食が好きというわけではないのだが、思った以上に手間暇をかけて作られているメニューには正直驚いた。
そして、それを食べてあちこちで浮かぶ笑顔には、こちらまで温かくなる。
わりかし向いてるのかもな、と思うことが増えているのは確かだった。
今日も厨房を覗いてみると、美味しそうな新作のお菓子が試作されており、目を輝かせていると味見を許されたのだが…
『――ッ!うっま!!コレ、絶対好きだろうなー!』
思い切り声に出してしまい、作り手のパティシエが笑った。
『ああ、例の。甘いもの好きの友達?』
『あッ――うん、まあ』
やべ、と思ったが既に遅く、相手は、しかも意味ありげに微笑んでいる。
『慶ちゃん、最近…っていうか、二年生になってから随分楽しそうだよなぁ。その、友達のお陰?えっらい幸せそうな顔しちゃって』
ニヤニヤと、しかしそんな顔も似合う妙に色気のある相手に、つい気圧されてしまいそうになる。
正に大人の男という感じで、否が応でも憧れる格好良さ。
自分があと十年歳をとっても、きっとこんな感じにはなれないだろう。
――佐助ならば、なれそうだが…。
『あはは…そうかな?っつっても、その友達、男だけど』
と、心にもないことを口走ってみる。
『知ってるよ。こないだも買いに来てくれてただろ?こっそり見た』
『あ――そうなんだ』
『何か、面白そうな子だよねぇ。可愛いし』
『……男だってば』
『うん、知ってる。顔のことだけじゃなくてさ』
『え、どんだけ見てたの?』
『ちょっとだけだって。すぐ分かるよ、そんなの。…慶ちゃんのこともさー…』
『え、えっ?』
『――お客さんの感想が、一番のアドバイスだからなぁ。この新作も、また食べさせて聞いて来てくれよ?』
一つサービス、とニッコリ微笑む。
『あ……ありがと』
『…頑張ってね』
……何をッ?
もしかして――もしかしなくとも、……バレてる?
最後に見せられた笑顔を思い出し、頭をかく。
…一体、どんな顔でいたのやら。
遊園地で幸村に言われた、『瞳』のことが浮かんだ。――案外、自分は器用ではないらしい…。
苦笑しながら、ケータイを手に取る。
店から家へは、歩いても十分程度の距離。カフェのまかないを食べたので、のんびり帰路についていた。
メールが一件――佐助からである。女装の代表者の、結果報告だろう。
開くと…
『バイトお疲れ。女装は、旦那が出ることになったよ』
「…えぇぇ!?」
慶次は、外にいるのも忘れて叫んだ。
絵文字も何も入っておらず、無味乾燥な文章。…機嫌が悪いのかも知れない。
佐助に電話をしようとして止め、とりあえず家に帰った。
叔父と叔母にただいま、と言うのもそこそこに、自室へと駆け上がる。
下で、「慶次!」という、まつの咎めるような声が聞こえたが、いつものことであるので、気にも留めない。
すぐに、元親へ電話をかける。
『……おー、どした?』
ちょっと眠そうな声――珍しい。
「ごめん、寝てた?」
『や……構わねぇ』
盛大に欠伸をし、『――んで?』
「さっけからメール来てて。幸が出るって?元就じゃなくて」
『あ、あー……』
やっと目が覚めたように、元親は話し始めた。
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