瞳4
「幸、本当にごめん」
観覧車に乗った途端、慶次が深々と頭を下げるので、幸村は目を丸くし、
「あの……先ほどのことなら、もう…」
トイレから戻るときにバッタリ慶次と遭遇した幸村は、元親との会話を聞かれていたことを知らされ、大変恥ずかしい思いをしたのだが。
――実は、薄々気配を感じていたので、「ああ、やはりな」と、どこか納得するものもあった。
佐助が、自分を心配してくれていたのはよく分かっていたし、その結果の行動というのも予想がつく。
そもそも、元親と二人きりになれたこと自体が不自然だったのだから。
しかし、慶次はわざわざ自分も一緒にいたことを謝ってきた。恐らく残りの二人についてもそうなのではないかとも思ったが、慶次は佐助のみ名を上げ、
『さっけは、本当に幸のことを思ってて――』
と、少々圧されてしまうくらい、必死にその様子を伝えようとするのだ。
幸村が既に分かっていると知ると、本当に安心したらしいので、
『佐助だけでなく、慶次殿も案じて下さっていたからであろう?お二人とも、優しいので…』
そう言うと、
『――いや……俺は…』
何故か、慶次は目を伏せて口を濁してしまう。
何か悪いことを言ってしまったのだろうか、と幸村は後悔したのだが、すぐに慶次は明るい口調で、
『あれ……乗らない?』
その顔と観覧車を一瞬見比べた幸村だったが、考える間もなく手を引かれ――現在に到る。
もう充分なほど謝ってもらったし、これ以上される理由はない…
そう言っても、慶次は未だに苦渋の表情を浮かべている。
「…俺は、さっけみたいにお前を心配してたんじゃなくて……でも、目をそらすこともできなくて…。ただの覗きだよ、そんなの。だからさ…」
「――そうだったのですか」
幸村は少し睨むと、
「では、どうしてやりましょうなぁ…」
「……ごめん」
その大柄な体躯は、普通のものより広い車内の中でも少し窮屈そうであるはずなのに、今やすっかり小さく縮こまっているように見える。
「……プッ」
思わず、幸村は吹き出してしまった。
「幸……?」
「す、すみませぬ。つい…」
笑いが止まらないように、
「何やら、慶次殿が――可愛らしく見えて」
「ええっ…!?」
普通なら喜べる言葉ではない。
だが、そんな形容詞を人に対してそうそう使うことのない幸村が言ったのだから、それは驚くというもの。
というより、慶次にとっては彼だからこそ…
慶次は、自分でもよく分かるくらい、顔が熱くなるのを感じていた。
(…やっべぇ……可愛いとか言われて、すっげー嬉しいって…)
「慶次殿も、某によく言われるではありませぬか」
笑いながらも少し口を尖らせる顔に、情けないほど胸が跳ねる。
「や、まあ……」
「いつものお返しでござる」
その微笑も、幸村は意地悪くしたつもりなのだろうが、慶次にとっては、ただただ甘いものにしか見えず…
(お返しっつーか…。また良い思いさせられちゃってるけど)
「それに、慶次殿は嘘が下手でいらっしゃる。…本当は、分かっておりまするよ、慶次殿も心配して下さったことは」
慶次がまた否定をする前に、幸村は続けて、
「あ、もうすぐ一番上になりまするよ!」
自分たちの前後は、ほとんど空車である。
今日は平日月曜日で、園内も空いているせいなのかも知れない。
西陽が強く射しているので、慶次も幸村も同じ色に染まっている。
慶次は、赤くなっているだろう顔をごまかせると、内心安堵していた。
「――なあ、ちょっと聞きてぇんだけどさ」
「はい?」
「……元親の気持ち、分かってたって…言ってたけど」
「あ――はい…」
幸村は少々うろたえた感を出したが、もう大分慣れてきているようだった。
やはり、スッキリできたのは間違いではなかったようである。
「いや…俺らからしたら、元親もお前のこと好きなように見えてたから。――幸は…やっぱり相当謙虚だなぁって」
「え?」
「だって、ありゃひでぇよ。あんだけあからさまに、お前に優しくしといてさ…」
「しかし…元親殿は、いつもお優しゅうござる」
「…まあ、……うん」
そう言われると、詰まってしまう慶次なのだが…
「――瞳を見れば分かりまするよ。…あれは、某にそういう想いを持っている瞳ではござらん…」
「瞳……」
意外そうな顔で、慶次は幸村の方を向く。
「はい。…某でも知っておりまする。恋…というものをしている人がする――瞳を」
「あ…そか、なるほど…」
慶次は合点がいったように、「かすがちゃんとか…」
「はい。…それに」
窓の外に目をやっていた幸村は、真っ直ぐに慶次を見つめ直し、
「――慶次殿も」
「俺……?」
「たまに見せるあの瞳は、…違いまするか?」
「――……」
慶次の目は見開かれたまま、口からは何も発せられない。
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