苛立ち3
祭りでは楽しげにしていたが、ずっと無理をさせていたのだろうかと思い、尋ねてみると、
「いや…初めは気のせいかも知れぬと思っていた。だが、花火の後――帰る前…」
言いにくそうにしていることから察すると、自分は相当恐ろしい顔をしていたに違いない。――何となく、自覚はあったので。
しかし、まさか見られていたとは…
「俺は楽しかったが、……佐助」
と、案じるような顔に、
「いや、俺様も楽しかったよ。…説得力ないかも知んないけど」
苦笑いするが、幸村は微笑で返してくれた。
今日はもう泊まって行きなよ、と勧めると、遠慮しながらも嬉しそうに幸村は受け入れた。
帰っても一人だということが、佐助と違って慣れていないせいもあるのだろう。
「旦那、あと二十分くらいで溜まるから…」
夏でも風呂に浸かる幸村のために用意して、リビングに戻ってみると、
「あ、ああ!」
パッとソファに座り直す幸村。――妙に慌てている。
「……?」
不思議に思い部屋を見渡すと、パソコンが目に入った。そして、その隣には…
(――あ)
しまったと思い、「これ…見ちゃった?」
やや引きつった笑顔で聞く。
途端、幸村は真っ赤になり、
「う――いや…!その、――すまぬ」
見ていない振りをするには、少し時間が足りなかったようである。
(とりあえず、停めといて良かった…)
DVDのパッケージは、そこまで際どいものではなかったので、被害はまだ少ない方だと言える。
破廉恥、と叫ばなかったのには、旦那も成長したもんだよなぁ、としみじみ思ったが――
(…今時、女の子でもそんな反応しないって…)
未だに治まらない幸村の赤面を、今更ながら珍しいものかのように眺める。
(からかっちゃおうかな…)
ふと、佐助の心にそんな意地悪な考えが湧いた。
――その顔を、もっと見ていたい…などと思ってしまい、自分は結構性格が悪かったのかなと苦笑する。
元親に言わせれば、「今頃気付いたのかテメー!」どころの騒ぎじゃないだろうが。
「いや〜、お恥ずかしい」
と、DVDを自室に放り込んで再び戻ると、幸村は平気だと言わんばかりに首を振る。
佐助はパソコンの前に座ると、
「ねーねー旦那、こっち来て?イイもの見せたげる」
「……?」
疑うこともなく幸村は傍に来て、「何だ?」
「これ」
カチ、と画面がクリックされると、
「――!!!」
映し出されたのは、先ほど佐助が観ていたDVDの続き――
「…っ――!」
声にもならない叫びを上げ、幸村は顔ごと背けた。
「あ、もう。これからがイイとこなんだよ、ほら」
佐助は、ぐいっと幸村の顔を前に向ける。
「やめ…っ」
幸村は、ギュッと目をつむり、「停めろ、佐助ぇ!」
その手は、わたわたと佐助の顔やキーボードの上の、空を切る。
(――かっ、かわ……っ)
ぶっと吹き出しそうになるのを、気付かれないように手で押さえる佐助。
そうなったら、もう少し楽しみたくなるもので…
「ごめん、ごめん。――映像だけじゃあねぇ…」
と、ヘッドホンを幸村の耳に当てると、
「わーああああ!!」
聞こえないようにするためか絶叫したので、さすがに佐助もすぐに取り外した。
(耳痛ってぇー……。でも、超面白い)
ニヤニヤと再生を停め、パソコンの電源も落とす。
その間もずっと、幸村は目を閉じたままだ。
「旦那〜、もうパソコン切ったよ?」
「……嘘だ」
「いや、ホントホント。――目ぇ開けてよ」
「――……」
だが、幸村はなかなか開けない。
佐助は、シロップの甘い匂いが漂ってきそうな、その紅い唇を見つめていた。
いつかするときは、こうして目を閉じて……こんな顔すんのかな。
(――慶ちゃんの、前で…?)
やっと開けてくれたかと思うと――
「ぐはッ…」
…無言で腹を殴られた。
「こ――の、破廉恥が…っ」
あ、はは……と 、弱々しくも笑いながら、
「もしかして、見たことがなかった?一つ、大人になったじゃん」
「だ、黙れ、この…!」
向かってくる拳を避け、その両腕をパシっと掴む。
「く…」
非常に悔しそうな顔で、幸村は諦めたように両手を振り下ろした。
「ごめんごめん。…たまにはこういうのも――ほら、勉強のためにもね?」
「知らぬっ…」
「だって、ちゃんとやんないと相手に痛い思いさせちゃうんだから」
「……」
再び泣きそうな、情けない顔になった幸村を見て、
(ちょっとやり過ぎたかな…)
と、佐助は苦笑いする。
(――だって、旦那が可愛い反応すんのが悪い)
「……ん?」
くん、と佐助は幸村の首から肩に鼻先を寄せた。
「何だっ?」
幸村は怪訝な表情で見返す。
(…匂いが、強まった……?)
幸村独特の、あの甘い香り。
先ほど腕にしたときも香ったが、どうもそれより…
佐助は、まだ少し赤い顔の幸村を見て、
(もしかして……興奮したときは増長する、とか…)
―うわ、何かそれって
「佐助?」
戸惑うような幸村の声にハッとなり、
「やー、ごめんホント!お詫びに、明日は旦那の好きなもんご馳走するから」
あ、風呂溜まったかな〜、と佐助はリビングを出て行った。
残された幸村は、ぐったりとソファに座り込んだが、
(――良かった…)
あの容赦ない仕打ちには驚いたが、あれはあれで彼の素顔。
親しい者に見せるものだと思えば、腹は立つがそれまでの不安に比べれば数段清々しい。
普段の、いやそれ以上の佐助に戻ったことに、幸村は心から安堵していた。
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