苛立ち2


「…って、旦那まだ浴衣じゃん!帰ってないわけ?」
「あ、ああ…」

「まあ――とにかく上がんなよ」

連絡もなしに来ておきながら遠慮する幸村を、やや強引に部屋へ入れた。



「こんな時間に大丈夫なの?かすがちゃんは…」
「上杉先生と一緒だから、大丈夫だ。…多分、帰らない」
「――わお、マジで?…あ、それがショックで…」
「ち、違う。別に今日が初めてのことではないし――」

ハッと慌てて、「絶対、誰にも言うなよ?お前だから言ったんだ」

「分かってるって」

と言いながら、その言葉に喜びを感じる佐助である。


「…そんで?何の用事だった?」
「ああ……」


そう言ったきり、黙る幸村。




――これはもしや、慶次に告白でもされたのでは。




そんな考えが佐助の頭を掠め、つい顔を歪めてしまう。
…それを幸村が見ていたことには気付かず…。



佐助はまた、幸村の口元を見てしまっていた。



「旦那、…口、怪我した?」
「え?」


慶次に、突然奪われでもしたのではないか。

それで、驚いて噛んでしまって……?


ムカムカする気分で、

「――赤くなってるけど」

と、幸村の唇を指した。



「ああ、これは――」

ずい、と幸村は佐助に顔を寄せ、


「あれだ、かき氷のシロップ。…ほら、真っ赤だろ?」


ペロリとその舌を出して見せた。



佐助の目は、その赤に吸い寄せられるように……





――ずくん





(う……何だこれ)



痛みに顔をしかめ、幸村から目をそらす。



「佐助?」
「……何でもない」

やや素っ気ない言い方になってしまったが、後悔したところでもう遅い。



「で、用って?…慶ちゃんに、何か言われでもしたの」
「慶次殿……?」

「――何かされたとか」

「まさか。そんなわけがなかろう」



……イラッ



「あーそ。――じゃ、何?」



言いようのない苛立ちが佐助を襲い、そのまま横を向いた。



―――………



しばらく流れる沈黙。





(…あーもう、何だっつーの――)



と、幸村に目をやると、



「う……ぇえ―――?」


政宗や元親が聞けば爆笑されるに違いない、とんでもなくひっくり返った声を上げてしまった。



「だ、旦那…」

脳内は焦りでスパークしていたが、外には出さないよう必死に、


「何……泣いて」



「泣いてなどおらぬ……!」

ぐぐっと顎を上げる幸村。

確かに涙はこぼれてはいなかったが、大きな瞳は潤み、赤くなっている。


「目にゴミが入ったのだ…!」
「そ、そう」


「――嘘だ」
「えぇ!?」


再び慌てる佐助。



(あの旦那が嘘って、アンタ――)


いつも分かりやすい幸村なのに、この言動の意図が全くもって読めない。



(どうしよう……)





「……すまぬ」

「へ……?」

突然の謝罪に、佐助はますます混乱する。


「俺は…かすがにもよく鈍感だと言われるんだ。――何をしてしまったのか、思い当たらぬが…」

「は……?」

「隠さず――我慢せず、言ってくれ。…謝りたい。ずっとこのまま、はっきりせぬのは嫌だ」


「え――ちょ、何の話……?」


ポカーンと佐助がしているのを、わざとだと思ったのか、


「だから!……怒っているのだろう、お前。俺に……」



「――は、」




はあぁぁ――!?




佐助は目を丸くし、

「ちょ、ちょっと…!何でそーなんのっ」

「何でって、お前……!」

カッとなりながらも、その瞳は潤んだまま、


「今日、ずっと俺のことを避けていたではないか!笑い方も不自然だったし、たまに睨んでおった。それに――」


ようやく佐助はハッとし、


「や、旦那それは――」

「…いつも隣に来るくせに、今日は…」



「旦那……」



佐助の胸が、また押し潰されるかのような音をたてて苦しくなった。
が、今度は痛みだけではなく…。


「俺は、甘えていたんだろう。……想像では、お前が真っ先に俺のところへ来て…」


「『だーんな!その浴衣、超似合う!頭も、か…、っこいい!ほら、俺様とお揃いっ』

――って?」

それは、佐助が頭の中でしか言えなかったもの。


「う――そこまでは…」

でも、と幸村は続け、


「似たようなものか…。――情けないだろう?怪我や鍛練などにはいくらでも耐えられるのに……こっちはこんなにも弱い」


「……そんな」


「――お前に嫌われたのかと思うと……痛くて苦しかった。…怪我など、メじゃない。だから、散々考えたのだが……結局分からず。いても立ってもおられず、来てしもうた…」


すまぬ、と再び幸村は頭を下げた。




「旦那、ごめん!」



ガバッと佐助が幸村を腕に包み込む。



(――あ、またやっちゃった)



……けど、



「佐助?」


恐る恐るといったように窺う、幸村の声と表情。


「謝るの、俺様の方だ。さっきも言い方良くなかったし――」

と、幸村の今にも流れそうな涙を指ですくい、


「今日、態度がおかしかったのは旦那のせいじゃないんだ。単に、俺様の調子が悪かっただけ」

「調子が――?」

曇る顔にすぐさま、


「や、身体じゃないから。……うん、苛々してて――外に出してた。ごめんね、ホント。怒ってないし……嫌うわけがない」


「――本……当……か」

確認するように、佐助の目を覗き込む。


「うん。本当にごめん…」



まさか、自分がこんな顔をさせてしまうなんて。

まだ赤い目の幸村を、早く笑ってくれないだろうか、と願いにも近い気持ちで見ていると、


「良かった……」


本当に心底安心したらしく、幸村は一度瞳を閉じ、息をついた。

そして再び開け、


「正直……怖かった。…本当に愛想をつかされていたら、と」


照れたように眉を下げて、泣き笑いのような顔になる。

瞬間、佐助の腕に力が加わり、「ごめん――」と何度も謝った。


…申し訳ないと思う気持ちの中に湧き上がる、この嬉しくて温かいものは一体何なのだろう…

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