砂浜編4



(――こんなときに、何故…ッ)



ボードを掴もうとしても、時既に遅し。


周囲は、空の青から海の深い緑に変わる。


ごうごうという轟音が耳の傍で鳴り、強い圧力に目が開けられない。

何とかこじ開けて見るも、上か下かも分からない状態。



(――ボード……佐助――)



突如のことで、息も吸えなかった。


(…苦――し)



泳ぎの得意な自分が、まさか溺れるなんて――


こういう場合の対処法も学んだはずだったが、何も思い出せない。

幸村は、とにかく必死にもがく。



上に――上はどっちだ!?


空は……




――佐助、近くにいないのか……?



先ほどの目眩が残っていたのか、段々意識が朦朧としてきた。


(これは……まずい……)



とうとう、手が動かせなくなり――





――その刹那、




ガシッと肩を担がれ、一気に引き上げられる。



「ゴホッ、ゲホッ!」


急に息ができるようになり、幸村はゼェゼェと喘いだ。


「大丈夫か!?」

大きな手が背中を叩く。「ゆっくり息しろ!水が入っちまう」



「う――、ふぅ……、はぁ……」

言われた通り、できるだけそう努めてみる。


「そう――それで良い」

まるで、よくできましたと言わんばかりに、頭を撫でてくる。







「……慶次殿」



一瞬、誰か分からなかった。

その長い髪がほどけて、顔に貼り付いているのもあるが、…見たこともないくらい、必死な形相をしているので。


「良かった――幸!」


パッと幸村を腕に抱き、はぁーっと深い溜め息をついていく。

それとともに、強ばっていたらしい慶次の身体から力が抜け、その表情も緩やかになる。


近付いた心臓が自分以上に早鐘を打っているのを感じ、…幸村は、涙が出そうになった。

己の情けなさと、ここまで心配をかけてしまったという申し訳ない気持ちで――


(佐助の言う通り、慶次殿の優しさは本当に…)



「マジ、ビビった…。良かった、すぐ見つけられて」
「すみませぬ…!助かりました、慶次殿!手を滑らせてしまい――」
「急にデカいの来たからなー」



(――あの目眩…もしかして)


幸村は、間違えて飲んでしまった缶チューハイのことを思い出していた。

酒を飲んで海に入るのは、普通なら危険な行為。

…自分では分からなくとも、知らぬ間に毒になっていたのだろうか。

今は、もう何ともないが――


「元親たちも無事みたい。――あ、さっけ!」

慶次が手を上げたので振り向くと、佐助が離れた場所で手を振っている。


(――あんなところから、ここまで…!)


幸村は改めてゾッとした。

佐助の方へ泳ぎ行こうとするが、


「ボードはもう良いって…。後で探してもらうか、俺が払うからさ」
「し、しかし――」



「大人しくしてな」

と、今度は後ろから腕の中に包まれる。




「……頼むから」



振り絞るような声に思わず首だけ戻すと、眉間に皺を寄せ、怒っているというよりも、すがり付くような慶次の顔が間近にあった。

その瞳には、この間見た炎の他に、哀しみが光る。


行かせない、とでも言うかのような――



「わ…分かり申した。動きませぬから、…離して下され」




「――嫌だ」



慶次は力を込め、そのまま幸村の肩に顔を埋めた。

吐く息と、瞬きをする度動く睫毛が肌を撫でる。



(――あ、熱……)



幸村は、肩だけでなく喉や胸の奥がチクチクする痛みを感じていた。



……何……だろう、これは。



自分の癖と……同じなのに。

普通なら、温かい気持ちになれるものなのだが…


温かいを通り越して、――熱い。


しかも、痛くて苦しい。……何故…




…佐助が近付く頃になると、慶次はようやく解放してくれた。


「すまぬ、佐助」
「そりゃ俺様の台詞だわ」

佐助はすっかり消沈し、「ごめん…」

「何を…」

――悪いのは自分なのに。


「…大丈夫?」


佐助が幸村の頬に触れた。

幸村は弾かれたようにその手を取り、


「佐助、手がすごく冷たいぞ!大丈夫か!?」

「え?」

佐助は、まだぼんやりした調子で、

「――ああ。俺様、元々体温低いし…」

「いや、でもさっけ、何か顔色悪いよ」

慶次も眉を寄せる。


「あれ、ホントに?…言われたら、ちょっと。――疲れたのかな」
「それはいかん!慶次殿、戻りましょう。佐助、そのボードは俺が持つ」
「や、大丈夫だって」
「無理するな、何なら俺の背に――」
「良いってば!さっき溺れた人が何言ってんの!」

ようやく佐助は、いつものような笑顔になった。

というより、真顔で言う幸村に対する苦笑にも近いものだったが。


「そうだよ、幸。二人とも陰で休んでなね。水分摂ってさ」

やはり温かく言う慶次に、

「――うん」

と、少し目を伏せて頷く佐助。


砂浜に戻った後、パラソルの中で上機嫌になった謙信と小十郎の相手をする内に、佐助の調子も良くなってきたようで、幸村は安心する。

そればかりに気がいって、自分が飲んだ缶チューハイのことは綺麗さっぱり頭から消し去っていた幸村。

純粋無垢に見えて、案外図太いところもある彼なのであった。







*2010.冬〜下書き、2011.7.15 up
(当サイト開設・公開‥2011.6.19〜)

あとがき


ここまで読んで下さり、ありがとうございます!

サーフィン経験なし(^q^)それ言ったら今までの他のも全部そうですけど;レンタルとかすぐできるのか〜?ってな。あやふや描写てんこ盛りごめんなさい。
とりあえず、元親はきっとスゴいはず。
そして、あんなにイケメン揃いなら、きっと声をかけられるはずだという妄想。

ここにきてやっと、ほんの少し進展?

本当にチンタラ展開です、これ。しかも長い…。

お付き合いしてくれてる方、貴重な時間を本当にすみませぬ;

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