足りない何か4
「某、真田幸村と申しまする」
場所を変える途中の道すがら、少年は二人にそう名乗った。
某、なんて武士のような一人称に敬語。しかし、それが不思議と彼には似合っている。
まぁ、学園にはそれくらいでは驚かないほどの変わった者が多いので、佐助たちもこの程度の非常識には慣れっこなのだ。
「俺は前田慶次、こいつの友達。よろしくな!放課後とか休みの日にこの店でバイトしてんだ」
と、慶次は幸村に名刺サイズのショップカードを手渡した。
「ケーキ屋…?」
「うん、お菓子全般。俺みてぇな見てくれには似合わねーけどさ。暇があったら遊びに来てよ。――じゃ、俺戻るわ。さっけ、気を付けてな」
軽く手を上げて、慶次は駆けていく。
「あ、うん!ありがとねー!」
佐助も急いでその背に礼を言う。
ああ言ってはいたが、早く戻らねばならなかったのだろう。来てくれたというのに、少し拗ねたような思いを抱えたことに気が咎める。
(…明日、ジュースでもおごろう)
「……猿飛殿」
「――はいぃ?」
思わず、素っ頓狂な声が出る。
「あ…おかしいでしょうな。某の口癖で…」
困ったような顔になり、落ち込む幸村。
佐助は、何か自分がすごく悪いことをしたような気がしてきた。
「い、いや…!全っ然!!むしろ、アンタに似合ってる、うん!」
「そうでございましょうか…?」
実に素直な心根の持ち主なのだろう、嬉しそうに変わったそれで見上げてくる。
今の今までその口調が直らなかったのは、きっとその顔のせいなんだろうな……そんな思いが、佐助の頭を駆け巡る。
…ただ、何となく。『猿飛殿』は、ないなと。
元より考えていたのではないかと思えるくらい、違和感を受けてしまったのである。
――その敬語も。
何故…なのか。この少年には似合っている気がするのは、嘘ではないのだが。
…自分に使われるのは、ひどく妙な気がしてならないのだ。
「呼び捨てで良いんだけど……下の」
あと敬語もなしで、と続けると、幸村は一瞬ためらったような表情をしたが、
「――『佐助』……?」
これで良いか?というように控え目な視線を送ってくる。
―― さ す け ……
そう呼ぶ声が佐助の頭の中で聞こえた気がし、目の前の少年のものとダブった。
「……っ」
途端、心臓が掴まれたように痛み、佐助は胸を押さえて立ち止まってしまう。
「だ、大丈夫っ……か!?」
こんなときでも律儀な性格なのか、幸村は敬語を使うなという頼みを既にしてくれていた。
しかし、そのことが不思議にも、ますます佐助の動悸を速めていく。
…何だっての、これ…
『痛い苦しい熱い切ない悲しい。
何より ――しい。
……だから、拒否する。
――す こと を』
――本当に何だこりゃ…
…俺様の声で何言ってんの…?
人の頭の中でゴチャゴチャゴチャゴチャ…!
「佐助…っ、佐助…!」
気が付くと、幸村が必死に佐助の肩を揺さぶっている。
その顔を見ると今度は喉の奥が熱くなり、視界がぼやけてきた。
(…嘘だろ!?――もう無理!)
人前で泣きそうになるなんて、どうしたというんだ本当に。…涙なんて、もう何年も流したことがないというのに。
佐助は、幸村に知られぬよう顔を背けて、
「あっの、じゃあ、さっきは本当にありがとう!…俺様もここで」
と、明らかにおかしいだろうが、背を向けて走り出そうとする。
「え、しかし――」
案じるようなその声に、振り返りたい衝動に駆られるが、
「あ、慶ちゃんのバイト先行ったげて?あそこ美味しいから、ホント…」
じゃあ、と佐助は一目散に走り去って行った。
「……」
残された幸村は、やはり心配そうな面持ちで首を傾げていたが、ケータイを取り出して時間を確認し、諦めたように佐助とは逆の道へ踏み出す。
その脳裏には、佐助と慶次の顔が浮かんでいた。
――また、会えるだろうか。
ショップカードを眺めながら、必ず近い内に行ってみよう――幸村は、そう思い始めていた。
*2010.冬〜下書き、2011.6.30 up
(当サイト開設・公開‥2011.6.19〜)
あとがき
読んで下さり、ありがとうございます!
幸村がまだ誰にも恋してない状態で、学園ものがしたかったんです…!佐助には悪いけど;
本当にこれは自分の欲望のみを突っ走るので、寒〜いことが多々出てくると思います…
(@_@;)
…これからの季節(夏)には良いかも
(吐血)
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