旅館編3
チラ、と幸村を窺うと――先ほどと何ら変わらない表情。
(あれ…)
「…?別に構わないが…。先生がいらっしゃるのなら、俺も安心だし」
「――え?」
「じゃあ、俺はそのとき佐助の家に邪魔させてもらうかな。一人では、あの部屋は広…」
「あ、あのな…っ、そういうことじゃなくて…!」
考えていた以上に、彼の推測レベルは低かったらしい。
「え?」
「つ、つまり、だな…。普通、結婚した後に夫婦がやるようなことのっ――」
「夫婦がする…?――あ」
(やっと分かってくれたか…?)
「もしや…手を繋ぐ…。――いや、それは恋人同士でもするか?」
「……」
かすがは、泣きたくなってきた。
「…あ、抱擁とかか!?」
「――他にもあるだろう…」
(他にも…)
幸村の頭に、さっき目にした映画のシーンが浮かぶ。
「――!…わ、わわ分かった!もう言わなくて良い!」
「だから、キス――とか、そ、それ以上の――ああ、もう頼むから分かって――」
二人の声が同時になってしまい、「…え?」と顔を見合わせる。
(……それ以上……の)
みるみる幸村の顔は茹でダコ以上に煮え、パタッと沈没する。
「ゆっ、幸村!」
焦ったかすがの声が個室に響いた。
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「…大丈夫か?」
かすがが、幸村の頬に冷たい濡れタオルを当てる。
急激にのぼせてしまい、また気絶しそうになったのを何とか堪えた幸村。
休憩室で二人、着替えを終えて休んでいた。
「――ありがとう」
タオルを受け取り、息をつく。「さっきの話だが…」
「うっ――ん」
幸村だけでなく、かすがも再び赤面してしまう。
「とりあえず、上杉先生から聞かされていたら、もっと耐えられなかったろうな…」
「――だろう?」
困ったようにかすがは笑い、「でも…悪気じゃなく――逆、だから。私のことを、想って下さって…。本当なら、今すぐにでも籍を入れたいくらいだと…」
「お、おお……それは…」
幸村もますます赤くなるが、「まあ…お館様は、お許しにならんだろうしな」
「うん。――お前は、私のたった一人の家族だから…。お前には隠したくないと、謙信様が」
「そうか…」
かすがは目線を上げると、
「なあ……幸村の癖って、どういうときにやってた?」
これ、とかすがは両手を円にして、抱き付く真似をして見せた。
「…うーむ……、嬉しいときとか、お前が大事だとか、守らないととか、好きだなぁとか思ったとき――だな」
「――お前って、変なとこでは大胆だよね…」
頭を抱えるように、かすがは苦笑した。
「……?」
分かっていない幸村は、キョトンとするばかりである。
「幸村は、恋なんてって思ってるだろうけど。…結構似てるんだよ、そういう気持ちと」
「――え?」
「だから、例えば…、その人に会えたり話せたら嬉しいとか、他の人よりもすごく大事だと感じたり、何よりも好きだと強く思えたりするのが」
「…!――では…」
幸村はハッとしたように、「お、俺はかすがのことを――?」
「それは違う。…ったく、どこまで天然…」
かすがは溜め息をつくと、「家族に対するのとは、また違うんだよ。…だけど、こうすると」
かすがが、ふわっと幸村に抱き付いた。
「相手をより近くで感じられる。…幸村のご両親も、お前のことがすごく大事で愛していたから、沢山こうしたんだ」
「……そう――だろうか」
「ああ。…恋とか愛とかも、同じように相手にこうしたくなるんだ。より知りたく…近付きたくて」
「――……」
「だから、…お前は破廉恥って言うけど、そうじゃなくて。――すごく愛しいって思うから、そういうことをするんであって、…悪いことじゃなくって」
(あ……)
「他の奴らにどう思われようと平気だが、お前には、…お前にだけは…嫌われたく」
「かすがっ」
幸村は回した腕の力を込め、
「もう良い、分かったから!お前の言いたいこと、俺でも理解できたから」
かすがが顔を上げると、幸村の少し染めた頬と、困ったように笑う瞳。
「何があってもお前を嫌うことなんてないし、…破廉恥と言ってしまうのは、俺が情けないからだけであって。恋人同士を、そんな、へ、…変な目で見てはおらぬからなっ?あれは、恥ずかしさからつい出してしまう口癖でだな…。俺ももう高校生だし、ちゃんと…分かってるぞ?普段あまり考えぬだけで――」
だから、『お泊まり』発言の時点では反応が遅れたのだと…。
「幸村、…本当に?」
「――というか、考えられぬ…。だから、安心してくれ。気にせず、先生と…」
言いかけ、幸村の顔は再び朱に染まる。「ふ、二人のときにな…」
「あっ、当たり前だ」
かすがも、同じような顔色で答えた。
――その後、かすがは嫌がる幸村を無理やり連れて、フェイシャルエステを二人で受ける。
『男がするものではぬぁぁい!』と叫ぶ幸村だったが、『今はメンズコースも普通、お館様もよく行かれるそうだ(嘘)』と言えば、簡単。
シャンプーにブロー、おまけにハンドエステとマッサージまでしてもらい、
(――なかなか、……悪くは、ない)
と、不覚にも気持ち良さに、目を細めてしまう幸村だった。
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