足りない何か3







(あー面倒くさいことになっちゃったなぁ…)

佐助は、心の中で溜め息をついていた。

人気のない公園で、彼の目の前には他校の制服を着た五人の少年たち。…人相が悪く、ひたすら睨みをきかせてくる。

佐助はというと、相変わらずのヘラヘラした顔であるが、向こうはそれが絶体絶命の際にするしかない笑いなのだろうと思っているようだ。…怒りを買うよりかはマシなのかも知れない。
別に、いきなり因縁を付けられたとかカツアゲされているとかそういう状況ではない。
彼ら曰く、佐助の以前の彼女の『お友達』なのだそうで。…単なる逆恨みというやつだ。

慶次と帰っていたのだが、一人になった途端、強制的に連れて来られた。まぁ、大人しくここまでついて来たのにも理由はあるのだが。


…あんな街中でやったら、俺様までしょっぴかれちゃう。

――さて、どれから片付けようかね、っと


そんな佐助に、一人が「覚悟しろよ――」とか何とか言いながら、殴りかかってくる。

(あー、おっそ…)

頭の中でつまらなく思っていると、


――パシッ!

「!!」

突然二人の間に人が現れ、佐助を庇うように、振りかざされた腕を掴んだ。

(い、いつの間に…!てか、一体どこから!?)

佐助も相手も、同じように目をむくばかり。


しかも、佐助より少し背が低いくらいの、
――少年であった。…同じ高二…か少し下くらいに思える。

パッチリくっきりの大きな茶色の瞳に、柔らかそうな栗色の髪。
意外に長髪らしく、一房だけ結わえて背中に流している。


「一人に対して五人でかかるなど!卑怯極まりない!男の風上にもおけぬあぁぁ!!」


その声の大きさだけでも倒せそうな勢いで、掴んだ腕をぐいっと引いたかと思うと、次の瞬間、相手の彼は地面に倒れ込んでいた。

一本背負い。それも――見事に綺麗に決まった。

「大丈夫ですか!?お怪我はありませぬか!?」

勢いの良さはそのままに、佐助の身を窺ってくる。

「――あ、…え、と…」

佐助は、何やら馬鹿みたいに間抜けな声しか出せなかった。

(ていうか…そんなに力があるように全然見えない…のに。…何、さっきのあれ……って、)

「危なっ…!」

少年が振り返っていた隙に、背後から全員で掴みかかろうとしている――

ほんっと、卑怯…!

珍しく怒りを露にしながら、佐助が応じようとすると、

電光石火とか、一網打尽とかいう言葉は、正にこういうときにこそ使うのだろう。

少年は、身軽そうに相手の攻撃を避けながら確実に仕留めて、一人一人大人しくしていく。みぞおちに拳、後ろ首に手刀をお見舞いしながら。


(――すっげ…。漫画みたい)


佐助は、その強さと鮮やかさにすっかり引き込まれていた。


「っの、ガキ…!」

「!」

背中の空いた少年に向かって一人が、どこから持ってきたのか、棒切れ――といっても割と硬そうだ――を振り上げる。

気が付くと、佐助は少年の背の前に飛び出し、迫る腕を取り、地に押さえ付けていた。つい力を入れ過ぎてしまい、一瞬で相手の意識はなくなる。

「……っ!」

少年の眼前の敵は既に沈黙しており、もう挑んでくる者はいない。

「あ、ありがとうございまする!」

佐助が倒した男に目をやった後、少年は紅潮した顔を向けてきた。

「お強いのですな!何かされておられるのですか!?」

どうやら、佐助の腕っぷしにかなりの感慨を受けたらしい。目を輝かせている。
これが先ほどと同じ人物なのかと、にわかには信じられないくらいの変わりようだ。

凛々しくて男らしい――という印象が一転して、無邪気な子供のようなそれ。
佐助は、またもや目を丸くさせられた。

戸惑いながらも…

「や、お礼を言うのはこっちだし!ちなみに、俺様は何もやってないよ?てか…そっちこそ、すっごい強いじゃん!」
「い、いえ…っ、自分はまだまだで…!」

少年は謙遜からか照れたり、佐助が何もしていないという事実に驚愕したりと、表情の変化が忙しくなる。
その様子に、佐助の口元が微笑に緩む。

「いやいや!本当にすっごかったよ!すっげー格好良かった!久し振りに――」

こんなに気持ちが高揚した。

胸があり得ないほどドキドキして…あれ、今も鳴りやんでねぇや…

(鮮烈ってのがぴったりな)

本当に、ヒーローみたいに強くて、見惚れるくらいの正確さで。
なのにこの、アイドルみたいな整った顔に、普通の学生とそう変わらない身体つき。…華奢に見えるが、骨はしっかりしてそうな、何というか…

…ああもう、よく分からないけど、とにかく何かもう全部すげぇ…!


「あの…?」

急に黙りこくる佐助を、少年が窺うように覗き込んでくる。

「あ…っ、え――と」

ふいを突かれた佐助は、狼狽しながら、

「俺は猿飛佐助。――そっちは…」

そう尋ねるので精一杯だった。



「――さっけ、大丈夫?」
「あ、れ…?慶ちゃん!?」

ふらっと、私服姿に変わった慶次が二人の元へやって来た。

「バイト先でお客さんが話してんの耳にしてさぁ。もしかしてと思ったら、当たりだった」
「そりゃまたスゲェ偶然。ごめんな、バイト抜けさせちゃって」
「いや、ちゃんと言ってあるし平気。…ところで…」

と、慶次は少年の方に目を向け、

「…あんた!すっげぇ強ぇんだなー!」

感心したように、少年の肩に両手を置く。その目には笑みを含みながら。

「何だ。慶ちゃんてば、いつから来てくれてたのよ」

佐助が、やや口を尖らせる。

「あ、ごめんごめん!加勢に入ろうとしたら、この御仁がパッと現れてあっという間に終わったもんだから、びっくりしちまって」

「ふーん…」

と言いつつ、佐助は少々不満そうである。


――じゃあ、あの勇姿見たんだ…

俺様と二人だけかと思ってたのに、慶ちゃんも初めからいたってわけ。


……なーんだ…


何故かテンションの下がる佐助であった。


「…あの、お二人とも。早くここから去った方が、得策ではないだろうか…?」

少年が、おずおずと進言する。
周りには、倒れたまま未だ目覚めぬ五人。

――ごもっともで。

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