お教えします!3
――中は、ほとんど真っ暗である。
広い部屋の端に、ポツリと灯る小さな明かり。…そこに蝋燭が置かれているらしい。
(――あれだな)
近付こうとすると、「シクシク…」という女の泣き声――
幸村は、どうやって操作しているのだろう…と、どこかにあろうスピーカーの位置を確認するためキョロキョロした。
……そのとき、
「……ッ!」
「――だーれだ?」
突然、背後から抱き付かれ、耳元で囁かれる。
「な――?」
素早くその腕を掴み、後ろを振り返ると、
「さ、佐助……!」
「当たり〜」
確認した後では、当たりも何もないだろうが。
「びっくりした?」
クスクス笑い、幸村の顔を覗き込んでくる。
「あ、ああ――。…って、普通は目を覆うんじゃないのか?」
「え?」
佐助はピタッとなり、「――あ、そか…」
と気付かされたような表情になるが、すぐさまいつもの笑いを浮かべた。
「いやいや、元から暗いんだし目を隠したってさ。てか、驚かすつもりだったんだからこれで良いんだよ」
「?」
相手へというよりは自分に言い聞かすような佐助の口振りに、幸村は不思議そうな顔をする。
「――や、何でも。気にしないで」
と再び笑顔になり、蝋燭を置いてある長机を指した。
「しかし、どうしてここに?」
何本もある内の一本を取ろうとし、佐助を見ると、
「……佐助?」
――いなくなっている。
気配すら、ない。
……幸村の背中に、冷たいものが流れていく。
「さ、す…」
とにかく蝋燭を、と手を置くと、急に机の下からニュッと白いものが現れ、手首を掴まれた。
「うおわぁ!」
さすがに仰天し、叫んでしまう。
「うらめしや〜〜」
…ニヤニヤしながら立ち上がったのは、元親の姿だった。
「元親殿!」
「よお〜、いーいリアクションだったなぁ」
自分の仕事振りに最高の満足感を得たようである。
「…心臓が止まるかと」
「っしゃ、いけるなコレ」
うしし、と元親は拳を握る。
「あの、先ほど佐助が…」
「――俺様をお探し〜?」
机の脇からスッと佐助が立ち、幸村に悪戯っぽく笑いかけた。
「ええ!?」
またも驚き、幸村は目を丸くする。
「旦那のびっくりした顔、バッチリ見たよ。…しまった、写メ撮っとくんだった」
ケータイを手に悔しがる。
「…佐助、ずっとそこにいたのか?全く気付かなかった…」
「そーだろ?こいつ、昔から隠れるの得意でよー…」
「――気配すら感じられなかった」
「ホント〜?俺様ってばスゴいんだねー!スパイとか向いてるよね、絶対」
と、得意の軽い調子で自画自賛する。
「旦那の、焦って俺様を呼ぶ声……可愛かったなぁ。――怖かった?」
ヘラヘラ顔で言われれば、幸村もムッとし、
「怖くなど!お前が急にいなくなったから驚いて――心配になっただけだ」
「――っ、心配してくれてたんだ?…俺様、大感激!聞いた?親ちゃん!」
「聞いた聞いた!だから叩くな!」
元親が、悲鳴を上げ佐助の手から逃れる。
「――もう心配などせぬ。…また、可愛いなど馬鹿にしおって。情けないの間違いだろう」
ぶんむくれる幸村だったが、佐助の頬と口元の弛みは少しも締まらない。
「んなことないってー。ごめんごめん」
お詫び、とポケットからお菓子を取り出し、幸村へ渡す。チューイングキャンディ――体温の低い彼が持つと、この季節でも形を留めることができるらしい…。
「……む」
まだしかめっ面だったが、素直に受け取ってしまうのは仕方のない性だった。
喉渇くだろ、と元親は思うのだが、たちまち機嫌の治る幸村に何も言えなくなる。
「イチゴだな」
好きな味だったのか、幸せそうに喉を鳴らす。
(――好きでもねえくせに、んなモン持ち歩いて…)
元親は、佐助を呆れ返った顔で眺める。
「――それで、お二人は何故ここに?」
ああ、と思い出したかのように、二人は訳を話し始めた。
「よし、んじゃ行ってくんぜ」
「思いっきり怖がらせちゃいますね!」
元親と鶴姫は、力を込め言った。
鶴姫の方は、官兵衛が着ていた白装束を身にまとっている。
コンセプトは、恋人に裏切られて恨みさまよっている女性の幽霊らしいのだが、せいぜい座敷わらしにしか――
…だが、誰もそれは口にしていない。
佐助と元親は、あまりの仕掛けのなさに面白くない、と官兵衛にもの申し、勝手におどかし役に参加していたのだった。
官兵衛曰く、暗い道だけでも充分怖ろしいので、仕掛けはかえって少ない方が良い、と生徒会長からのお達しだということなのだが。
しかし、肝心の仕掛け役二名のやる気がゼロなようで、ほとんど大した恐怖になっていない。
「それなら、私たちも加わっちゃいましょう!」
と鶴姫の一声で、今このような状況になっているというわけだ。
官兵衛が服の上から着ていた白装束を渡されると、
「ゴール手前でホッとしているところを狙います!」
と、鶴姫は可愛らしい顔で、かなり小悪魔なことを提案する。
無条件で、元親をお供に指名し――
「一人で待ってろって言うんですかっ?そんなの――怖いじゃないですか!」
涙声を前に、元親も嫌とは言えない。
「…じゃあ、やんなきゃ良いのによ」
苦笑する元親だったが、
「ひどい!それ言っちゃいます?だって――。…だから、あなたはモテないんですよっ」
凄味は皆無だが、睨み上げる目と最後の言葉は効いたようで、
「てーめえ、鶴の字ぃ…。――知らねぇな?俺がどんだけモテてっかよ。学園じゃ見せねーだけで、他のとこじゃあ…」
「それは、他校の女の子はあなたをよく知らないからですー」
「んだとぉ?」
鶴姫は、はぁっと溜め息をつくと、
「…どうして、こんなにガサツに育っちゃったんでしょう?昔はあんなに――」
「っおい、コラてめ」
慌てて口を塞ごうとしたのが、掴みかかるのかと思えたらしく、
「元親殿、女子にそのような…!」
と、幸村が庇い立てる。
「大丈夫ですよ、真田さん」
鶴姫はニコッとし、
「元親さん、こう見えて女の子には手を上げませんから。すっごく意外なのは分かりますけど」
「てめーは一言多いんだよ」
低く唸るが、
「元親殿、女子をそのように呼んではいけませぬぞ」
真面目な顔に言われ、ぐうの音も出なくなる。
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