お教えします!2
(ほわあん――きゅううん……か)
それが本当はどういったものなのか、体験したことのない幸村にはサッパリだったが…。
謙信を目の前にするかすがの顔も、今の鶴姫によく似ていることは確かだった。
恋というものは、した者の顔をこうまで変えるものなのだな。…変えるというよりは、輝かせると言った方が良いか。
(……慶次殿は)
あの顔は、二人と似ているようで、どこか強い――
例えて言うなら、……燃えるような。
いつもは、あのいたずらっ子のような表情とお祭り騒ぎの大好きな性格で、仲間内を明るく盛り上げてくれる彼が、片想いの相手ができてからというものの、そのような顔をよく見せるようになった。
あれが、世に言う『ギャップ』というものなのだろう。
幸村はその度、慶次の真剣な顔に見入ってしまうので、それをその相手に見せてはどうだろうか…と思うのだが。
彼のことだから、自分に言われずとも既にしているだろうと予測がつくので、口にはしていない。
――あの暖かさを好まない人間なんているだろうか?…彼以上に魅力的な人がいれば、叶わないのかも知れないが。
(できたら、慶次殿の気持ちを受け取って頂きたいものだ…)
「…最近、ちょっと思ってたんですけど…」
「え?」
鶴姫は、えへへ…と小さく笑いながら、
「前田さんって……恋しちゃってますよね?」
「――!!」
な、何故!という顔で幸村は慌てふためく。
「当たってます?」
「い、いや――その……某は、存じ上げぬ……」
「そうですかぁ〜…。でも…あれはきっと、『きゅううん』ですよ!見てたら分かりますっ」
「な、何と…」
目を丸くし、鶴姫へ尊敬の眼差しを送る幸村。
「私、そういう勘が鋭いんですよ。前田さんほどじゃないですけど」
「なるほど…」
真面目な顔で頷く幸村に、鶴姫は再び微笑し、
「真田さんの、今後の予定にお役に立てたら良いんですけど」
今後の――
…つまり、幸村がこの先するかも知れない恋愛で。
幸村の顔が真っ赤になる。
「そ、某は…多分まだまだかと――」
「ええ、そういうのって、ある日突然やって来たり…気付いたらそうでした、とか。人によって違いますから」
大丈夫、と言うかのような鶴姫の笑みに、幸村の顔の熱は引いていく。
「それに、皆さんとても仲が良くって、彼女さんどころじゃなさそうですよね!見ているこちらも楽しくなりますよっ」
「…!はい…っ、その通りでござる!皆、良い方たちばかりで――」
「真田さんが中心にいるからなのでしょうねー」
その言葉に首を傾げる幸村だったが、
「だって、皆さん言ってますよ?猿飛さんや伊達さん、毛利さんに到ってはものすごく変わったって。私が思うに、真田さん効果です!」
「某の…?」
さらに首をひねり鶴姫を見る幸村。
「はい!かすがちゃんも言ってましたけど、真田さんは人を温かく――穏やかにする、すごーいパワーの持ち主なんです!それだけでなくて、真面目で熱血なところは、冷めた人の心を良い意味で刺激するんですっ」
「は――あ、えぇ……と」
「ほら、大昔のドラマとかでよくあるじゃないですか?熱血教師と、不良生徒たちの心の交流!アレですよっ。夕日に向かって叫ぶんですよ!」
あれ、海でしたっけ? と恋する目とは違った輝きを放ってくる。
熱血教師に――不良生徒…
幸村は、佐助たち三人の顔を思い浮かべた。…そのドラマに出てきそうな、かなりの年代物な形の学ラン姿で。
「――プッ」
幸村は吹き出し、笑いが止まらなくなる。
(…似合い過ぎる…)
今度は鶴姫がキョトンとする番だったが、幸村が何を想像したか推測できたらしく、
「ちょっと……見てみたいですよね…」
と、子供のような無邪気な笑顔を見せた。
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無人の寺――
境内の足元にはポツポツと灯籠が置かれ、雰囲気は抜群である。
お堂の方へ向かうと、白い影が動いた。
「うお!?」
「きゃッ」
幸村と鶴姫は短い悲鳴を上げたが――
「う〜ら〜め〜し〜ぃ」
―――………
「……黒田殿」
お堂の前に白装束で立っていたのは、本当に恨めしそうにこちらを見やる官兵衛の姿だった。
大きいサイズがなかったのか、着物の丈があまりに短い。
「おお、真田!――と、お姫さんか」
幸村はあれ以来官兵衛に気に入られ、生徒会メンバーとも前より顔なじみになっていた。
「聞いてくれよ、誰も怖がってくれないんだ、これ」
「あー…」
「えーと…」
落ち込んでいる官兵衛には悪いが、幸村たちもさすがに上手いフォローが見つからない。
「それなのに小生はたった一人でこんなところに…。なあ、こっちの方が怖いだろう?」
グスッと鼻をすすり、「三成たちの仕掛け、どうだった?」
「え?」
幸村たちは顔を合わせ、
「ここまで何もありませんでしたけど…」
「黒田殿が初めてでござる」
「…何い?」
官兵衛はぶすっとなり、「…あいつら、また――」
「え?」
「――あ〜、失敗したんだろうな、タイミングとか?」
説明する時間さえ取られてたまるか、という心境で官兵衛はごまかすことにしておいた。
「どんな仕掛けだったんでしょうね」
鶴姫は残念そうに幸村へ言った。
「――して、黒田殿、ここで何か…?」
「ああ、この中に蝋燭が置かれてるんだが、それをどっちかが一人で一本持って来てくれ。それをこの提灯に入れてもらうんだが。小生は見張り役さ」
二人は、お堂に目を向ける。…かなりおどろおどろしい。
つまり、この提灯が度胸試しをした証しになるということなのだ。
「では、某が取って参りまする」
物怖じせず言う幸村に、官兵衛と鶴姫が歓声を上げる。
「さっすが、小生の見込んだ男だ!」
「気を付けて下さいねー!」
手を振り応援する二人に、
「おお!」
と力強く返し、お堂の扉を開け入ると、官兵衛が外からきっちり閉じた。
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